*admin*entry*file*plugin| 文字サイズ  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


阿波踊りが終わりました。
我が家の夏も終わりです。
そして今年は特別。
阿波踊り卒業の年です。

今年で6年目を迎えた、
我が家の阿波キチライフでしたが、
体力と忍耐の限界に伴い、
阿波踊りから離れることになりました。

あああ、おもしろかった。
毎年そうですが、
今年は特別、目一杯弾きまくり、飲みまくり、楽しみまくりました。
「踊る阿呆に見る阿呆」なんてよく言いますが、
ホント、阿波踊りは、
参加する以上の楽しみ方はありません。
一度やったらやめられない!!
...という訳で、見るとやりたくなっちゃうので、
来年からは阿波踊りの時期は
この高円寺を脱出する事にしました。
佐渡島の和太鼓でも聴きに行くか。
利賀村に芝居でも見に行くか。
普通に温泉でノンビリするか。
我が家の夏もガラッと変わります。
我が家の日常もね。
なにせ一年中、隔週練習でしたからね。

一抹の淋しさと、過剰な期待でいっぱいです。

さらば、やっとさー。
(ト)

スポンサーサイト

蔦の?絡ま?るチャペ??ルで?♪
なんてフォークソングがありましたが(@昭和)、うち、蔦が絡まってます。
古い家なんです。築40年(推定)です。
どうやらお隣りさんから勝手に株分けされてるらしく、
そのお隣りさんちももちろんものすごいことになってます。
借家だし、ほっとけばよいのですが、
これが、なんか種みたいの飛ばしてきます。
パラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラ
いつまで降っとんじゃい!?ってくらいです。雨かと思った。
これがこの猫の額(庭)に全部生えたらどうなるか?
...そう、のまれます。完全にのまれます。
タ・プローム(@アンコールワット)ばりにのまれます。

二階の蔦を少しちぎってみました。
なんとこやつら、身体をくっつけてる吸盤様の部分を残すんですよ!!
まるっちい吸盤が3つ、ポチポチポチっと。
それがびっしり壁に残って、爪でひっかいても取れません。
なんかグロいし、つかダイソン並みの吸引力です(推定)。
さすがに、あの長い巨体を支えるには、
このくらいの吸着力がないとダメなんですな。
改めてその生命力に脱帽です。

なんとか元株みたいなやつを見つけました。
太さ直径1.5cmくらいです。
杉の木のようにギッシリ長い毛みたいのをちくちく生やして、
親玉の風格充分です。
はさみでなんか、とても太刀打ちできません。
壁からはがそうとしたら、
壁の塗料ごとはがれました。
すげ!!セメント並みの吸着力です(推定)。

蔦との飽くなき戦いを続けるか、
あきらめて、自然にのまれるか...。
ここで思い切れないのがこの俺、ルパンしゃーんしぇーい。
...何か?
(ト)

先日「ちびまる子ちゃん」を見ました。
夏休み、毎日毎日お昼ご飯にそうめんばっか食べさせられるまるちゃんが、
お姉ちゃんと結託し謀叛、自分たちでスパゲティを作る
というような内容でした。

うちの娘コロは、そうめん大好きです。
「今日何食べたい?」と聞くと必ず
「そうめん!」と元気よく答えます。
ほぼ毎日そうめんなので、
2日とか空くと「この頃そうめん食べてないねえ」
とか、チクチク言われます。
「お母さんお好み焼き食べたいなあ」却下。
「スパゲティどお!?コロタラコスパゲティ好きじゃん」却下。
「カレーにしない?」完全却下。
母はたまにはまったりしたもの食べたいんですが。

ぐわーはどうか?
この人はブラックホール並みの胃袋の持ち主で、
とにかくよく食べます。
麺類ならなんでも、
「うどんちょうだーい」
と、おかわりを要求します。
先日は、コロ、ぐわー、私の3人で、大人3人前のそうめんを平らげ、
ぐわーはまた「うどんちょうだーい」をかまし、
もうないことを伝えると、不服そうに「ごちそうさま」をしてました。
大人3人前って...。
まだまだコロのそうめんブームは終わりそうにありません。

ちなみにコロの他の好きな食べ物:
枝豆、梅干し、イクラ、納豆、海苔。
酒飲みかい!!しかもオッサンセレクト!!
幼稚園では「バナナ」と言ってる様です。
それが乙女心。
(ト)

コメント欄にも入れましたが、改めて。
我が家の最高額固定資産パソコン、
ディスプレイが大破しました。
ぐわーに落っことされました。
いつもはしまうのですが、うっかりしていました。
25諭吉が一瞬でゴミに…
去年買ったばかりのVistaが…
ショックで茫然自失です。
ぐわー、ある意味、最強の生物破壊兵器です。

現在修理中。
修理代金は、お小遣い天引き制度導入を打診、
参議院を通過しました。
当分ビデオ収集もライブも封印です。
反省禁酒も、阿波踊り打ち上げまで継続します。
さて、バックアップはいくらかかるのか?
そして肝心の修理代金は!?
次回「きけわだつみの声」お楽しみに!(ウソ)

という訳で、当分は携帯からのミニ駄文です。
え?あんまりどうでもいい?
ですよね?(^m^)
押忍上等。
(ト)

1997年8月25日。
暑かった夏が、突然、終わりました。

その人は、大きい人でした。
そこから遡ること2年前、神戸でボランティアをしていた時の、若いリーダーでした。
当時で26歳。
私はボランティアの最中、がれきのほこりと寒さと疲れで気管支炎を起こし、一時帰宅を余儀なくされました。でも、前日まで点滴打って、両親に激しく止められる中、無理やり神戸に戻りました。
戻った私に、彼は厳しかった。でも、それは彼の優しさでした。
私が現場でやりたがったことを、
「なぜそれをやるのか、よく考えろ」
「俺を論破できるまではおまえは動くな」と、理論で負かされました。
そこには、他にもしなければいけないことは山ほどあったのです。
それを、身をもって教えてくれたのも、彼でした。
夜は「みんな、神戸にお金を落とそう!」とか言って、よく飲みました。
若いけれども冷静で、博識で、経験もあって、そして何より自分がよく動く、素晴らしいリーダーでした。

そして、12年前の今日。
友人Hから電話がありました。
「Uさんが死んだ」
受話器が氷のように冷たく感じて、
それをつかむ手が、自分のものじゃないような錯覚に陥ったことをよく覚えています。

翌日のお通夜は、首都圏にある、彼の住む団地の集会場で行われました。
懐かしい顔が、びっくりするほどたくさん集まっていました。
彼にそっくりな彼のお母さんが、山ほどおにぎり作って、みんなに配ってくれているのが、ものすごく印象的でした。
そんなご両親は、お通夜の場所を、私達友人の為に解放してくれました。
みんな、彼の棺をテーブルにしてお酒を飲み、写真を広げ、
彼の思い出話をたくさんしました。
みんな、「Uちゃんは、もう一生分働いちゃったんだよ」と話しました。
「あれ、Uちゃん、遅えなあ、まだ来ねえのかよ」と、くだらないギャグを何度も飛ばして笑いました。
気づいたら、外はしらじらとしていました。
本当に、彼らしい、いいお葬式でした。

その時、みんなで唄ったのが、彼の大好きな歌でした。



ああこの旅は気楽な帰り道
のたれ死んだところで本当の故郷


彼は本当に、風のように颯爽と、逝ってしまいました。


彼は亡くなった時、29歳になったばかりでした。
私は彼の歳をとっくに超えて、彼よりももう10歳も上になってしまいました。
でも私の中では彼はいつまでも頼れる兄さんで、
曖昧に笑いながら、ひょっこり現れそうなのです。
「お前が母ちゃんかあ。なんだ、えらい出世だなあ」
とか言ってね。

ナビゲーターは、たましい一つでいいんだよね、Uちゃん。
私はあなたを超えられないけど、
たましいのおもむくままに、生きてるよ。

どうかやすらかに。
(ト)

ぼやきです。勘弁してください。

〈その1〉
一昨日、東京に戻ってきました。
10日ぶりの東京。
一番心配していたのは、私の可愛い畑です。
一度青空君が出勤前に水やりに行ってくれたようですが、
10日の間、それだけ。
雨も、私が知る限りでは1日くらいしか降りませんでした。
帰宅後、少し休んでから自転車飛ばして畑に行きました。
草ぼうっぼうでしたが、みな無事で。
カボチャもメロンも育っておりました。
水をかけまくり、ラディッシュを数本抜いて、畑を後にしました。
空っぽの冷蔵庫を補充すべく、帰りにスーパーへ。
買い物最中、背後から子供の声がします。
「ねえ、今妊婦さん見たよ」
お父さんらしき人の声もします。
「ほんとう?そりゃ縁起がいいねえ」
なんてカワイイ会話なんだ!
しかし、やさしいお父さんだなあ。青空君以外でもこんなやさしく子供に話すお父さんがいるんだなあ。と感心して、その親子が通り過ぎるのを待って、ちら見しました。
...。
そのあと、二度見しました。
ママ友のダンナサマでした。
笑いをこらえるのに必死でした。
しかし当方、畑がえりで土だらけの作業ズボンで、眉毛すら書いてなかったため、
必死で気配消してサクッと買い物済ませてスーパーを後にしました。
武士の情け!勘弁してください。
ほらほら、あなた。あなたの旦那さんですよ。

▼続きを読む▼

日本の坊さんなんてほとんどが胡散臭い奴らだと思ってたけれど。
『GATE』という映画の存在をつい数分前に知った。こんなストーリーらしい。

今、始まりの地へ。25日間、灼熱の2,500km。
60年前に開いた禁断の輪を閉じる祈りの旅

この世に二度と同じ悲劇を起こさないと願ったある日本の僧侶たちの祈りの行脚。2005年7月、僧侶たちは、アメリカンインディアン、宗教や宗派を越えた平和を祈る様々な人々と共に、アメリカ、サンフランシスコから、世界最初の核実験が行われたニューメキシコ州のトリニティサイトまで、砂漠、山、250以上の街を越え、灼熱の中、2500kmの旅をした。60年間、祈りとともに絶やす事なく燃やし続けた大切なものを運んで。広島の原爆投下から採取した原爆の火。すべてが始まった悲劇の原点、グラウンド・ゼロ(爆心地)にその火を戻し、負の連鎖を絶ち永遠に眠らせる。

60年間、一度も開かれることのなかったトリニティサイトのゲイトは、果たして開かれるのだろうか。僧侶たちは、目的地であるトリニティサイトへ、一体どのようにして辿り着けたのか…。


機会を見付けて是非上映会に足を運んでみようかと。
とりあえず、予告編動画を貼り付けておきます。



(青)

嫁の記事にもあった通り、休暇を利用して安曇野在住のHさん一家の住まいを家族で訪れ、夏休みらしい夏休みを皆で堪能させて頂いた。Hさん、ありがとうね。

Hさんとはかれこれ10年以上も前、インド東部の山間の街、ダージリンで知り合って以来の仲。双方の伴侶も交えての久々の語らいのひと時、ふとあのダージリンで過ごした日々のことを思い出した。

ダージリン。英語で書くとDarjeeling。この街の名前はチベット語のドルジェ・リン(Dorjee Ling、"金剛洲"の意)という言葉が語源になっている。街の名前の由来になっているくらいだから、当然チベット人が多い。かつてはチベット系のシッキム王がこの辺りを治めていて、中国共産党政権によるチベットへの侵攻が始まる遥か前から、チベットの商人達はこの街や隣のカリンポンを拠点に行商を営んでいたとか。

だからって、ダラムサラのマクロード・ガンジのようにチベット人ばかりが多くいるわけではない。っていうか、いわゆる人種のサラダボウル状態。一番多いのがネパール系で、だからこの街で一番通用するのもネパール語。街の食堂で出てくるのはターリーというよりもダルバートだし、雑貨屋に行けば"Shekar"や"Kukuri"のようなネパールの煙草が普通に売っていたりもする。他には、一応西ベンガル州に属しているのでベンガル人、隣接しているのでシッキム人やブータン人、忘れちゃならないチベット人、果ては故郷の紛争を逃れてはるばる行商にやって来たカシミール人、そしてインドの平野部から、或いは世界各国から避暑と観光に訪れた旅行者達。英領時代の避暑地であったが故の上品さと、インド特有の混沌がない交ぜになった独特の雰囲気に、そこはかとない居心地の良さを感じた。

残念ながら直前までの悪天候の影響でトイ・トレインが不通となっていたため、下のシリグリという町から早朝のミニバスに乗り込み、ダージリンを目指す。果てしなく続く山道を登りつめ、ダージリンに到着したのがお昼過ぎ。目星をつけていた宿でチェックインを済ませ、腹ごしらえをし、ちょっと街を散策して再び宿に戻って来たところで、同じ宿の泊り客であるカナダ人の男性に話し掛けられた。

「観光客なんか殆ど来ないようなローカルの居酒屋があるんだ。一緒に行かないか?」

願ったり叶ったり。二つ返事で同行を希望する旨を伝える。
余談だが、このダージリンやカリンポンを中心とした西ベンガル州山間部や更にその北のシッキムは、インドにしては珍しくアルコールに対して寛大なエリアで、ちょっとした飲食店なら冷えたビールは大抵置いてあるし、小さな村の宿に滞在して運が良ければホームメイドの地酒を振る舞われたりもする。こんな雰囲気もネパールに近いとこと言えるかも。いずれにしても、酒好きにはありがたい。

斜面にへばり付くように広がる街が夕闇に呑みこまれようとする頃合いを見計らって、件のカナダ人と宿を後にする。淡い裸電球の灯りに照らされた露店をひやかしつつ、ただひたすら坂道を下る。まだかよ、といいかけたところで細い路地に折れ、その奥の古ぼけた木の小屋を指差して、陽気な口調でそのカナダ人がこう言った。

「ABCレストランへようこそ!」

古ぼけた看板には、アルファベットで確かにそう書いてある。でも、ABCって。何もそんなにセンスのない名前にしなくてもよかろうに。訝しみながら店に入ると、ネパール系の経営だろうとの予想に反して、店を切り盛りしているのはチベット人の女性達だった。
おっ、ラッキー。ネパール語は自信ないけど、チベタン相手なら言葉通じるじゃん。早速チベット語で話しかけてみると、案の定彼女達は大ウケ。この辺り、拙いながらも言葉が話せる者の強みかも。
メニューを聞くと食べ物は既に売り切れとのこと。飲み物は既製品のビールのほか、アラック(ネパール語だとロキシー)、そしてトゥンバもある。

トゥンバ!

粟や黍のような雑穀を発酵させたものを大きめのマグに満タンに入れ、そこに熱湯を注ぎ、抽出されたアルコール分をストローで飲む。ネパールでは一般的なこの酒を、ここダージリンでも飲めるなんて。俺にとってはそれだけでもう長居する理由になる。それくらいこのトゥンバという酒は旨いのである。標高の高い山間地の冷たい空気の中で啜るトゥンバは、何物にも代え難い快楽なのである。

その晩は、他の客がいなくなったその店で、チベット語で話せてトゥンバが飲めるという個人的な都合で幸せな気分に満たされながら、翌日にはカルカッタに向けて発つというカナダ人の最後の宴を共に過ごしたのだった。

そこからの日々は言わずもがな。
件のカナダ人が去った後も、ダージリンにいる間はほぼ毎晩、夜はABCレストランに足を運んだ。カリンポンやブータンのフリーゾーン(プンツォリン)、シッキムへのショートトリップから戻ればまた足取り軽くABCレストランへ。そんなこんなでABCレストランに通いつめているうち、同行者がひとりまたひとりと増え、気付けば日本人ばかり5人も連れ立って店に顔を出すようになっていた。そんな中のひとりが、今は安曇野に居を構えるHさんだったというわけ。

この店のオーナー夫婦には、当時5歳になる息子がいた。名前はテンジン。オーナーと言いつつ親父は行商に出ててほぼ不在、母ちゃんは店で働いているというわけで、このテンジンも概ね毎日顔を出す。最初の頃こそ人見知りをして寄り付きもしなかったが、日々足を運ぶうちに打ち解けるようになり、気付けばこの酒好き日本人集団のテーブルに当たり前のように一緒に座ってキャッキャとはしゃいでじゃれてくるようになっていた。で、テンジンをそのような状況に追い込んだ張本人が、Hさんだったのである。

このHさん、教員免許と保育士の資格の保持者で、旅に出る前も子供相手の仕事をしており、更にカルカッタのマザーハウスでは、ポピュラーな「死を待つ人の家」(Nirmal Hriday)の方ではなく「シュシュ・ババン」(Shishu Bhavan)と呼ばれる孤児院をボランティア先に選んだという、言わば子供相手のプロ。こっちがちょっとばかしチベット語が話せて子供好きってくらいじゃあ到底かなわない。ちょっぴりジェラシー、だけどHさんのお蔭でテンジンが懐いてABCレストランに足を運ぶのが更に楽しみになったわけで、結果オーライなんである。

諸行無常。そんな楽しいひと時にも、やはり終わりはやって来る。
ビザの期限と自分がインドでやりたいと思っていたこと(「死を待つ人の家」でのボランティア、仏蹟巡り、タブラのレッスンなど)とのバランスの関係で、これ以上ダージリンに滞在するわけにもいかなくなってきた。カルカッタへ降りる日を決め、その前夜、いつものメンツでABCレストランへと向かう。

偶然のなせる技か、その日はたまたまオーナー、つまりテンジンの親父も行商から戻って来て店に顔を出していた。幸い彼は英語の読み書きも普通にできたので、店の住所を教えてもらってそれまでに撮りためた写真を送る旨を約束。そしてその夜は、オーナー、店を切り盛りするチベタンの女性達(テンジンの母ちゃんを含む)、ネパール人の下働きのおっちゃん(この人がまたいい味出してるんだ!)、我々日本人一団、それにテンジンのオールスターズ、チベット語ネパール語英語日本語入り乱れてのバカ騒ぎである。

そんな最中、たまたま隣に座ってたテンジンに冗談半分でこう訊いてみた。おい、テンジン、俺と一緒に日本に行くか?するとテンジンは、ニヤニヤしながらあっさりこう言ったのである。

「うん、いいよ!」

アホかお前は。でも、心の底ではちょっと泣けてたりして。
で、これがそのやんちゃ坊主のテンジン。

ABCレストランのテンジン
※画像をクリックすると拡大表示されます。

ご覧の通り、当時は典型的な鼻タレ小僧だったけれど。
今頃はいい感じの立派な青年に育って、まだ見ぬ故郷に思いを馳せているのだろうか?

(青)

先日、仕事を上がって一階に降りるエレベーターの中での会話。

シマは違うが同じフロアで仕事をしている若者と行き会った。彼とは朝の通勤時に出くわすことの方が多い。いわゆるアラサーのその彼が、俺にこう尋ねてきた。

「青空さん、いつも朝は音楽を聴きながら通勤されてますよね?」

その通りだ。その日の朝はビースティ・ボーイズ聴きながら千代田区を闊歩してたわい。

「どんなの聴かれてるんですか?」

おう、今日の気分はビースティ・ボーイズよ。そう答えると、

「ふーん。知らないですねぇ...。」

...。
えーっ?うそでしょ?

いや、さ、別に好きか嫌いかって話してんじゃないんだよ。ほんとに知らないの?
君ぐらいの年齢なら、『Ill Communication』が出た頃って中学生か高校生だよね?その時期に、いったい何聴いて生きてたのよ?普通にロックやヒップホップ聴いてりゃあ、ビースティの名前くらいは耳にしてたと思うんだけど...。

いやー、世の中色々な人がおりますわ。

そんなわけで、ってどんなわけかサッパリ分かりませんが、MCAの手術の成功を祝して、今日はこちらの映像をどうぞ。チベットに入れ込んで以降の彼らから受けた影響は計り知れないけど、初期の悪ガキ度満載の頃も大好きでっす。



後半のライムはタダの下ネタに終始してますが何か?

(青)

このニュース、聞きました!?奥さん!!

アメリカ国内の紙幣、90%にコカイン付着

さすが病んだ国、アメリカ合衆国!!
期待を裏切らない疲弊ぶりです。
90%て...。
麻薬がらみのニュースでひと沸きしてる昨今ではありますが、
そうは言ってもちょっと日本じゃ考えられませんね。
(と思ったら、日本でも12%付着が確認できたそうです...。まあ調査したのが16枚だそうなので、統計学的にはいかがなものか...とちょっと守りに入ってみたりして)

私が海外を放浪している頃、10年前ごろの話です。
合衆国にまつわる話は少なからず聞きました。
例えば、カナダ人。バックパックにカナダ国旗を貼ってる人がホントに多いのですが、
これは、米国人と間違われないように、という小さな自己主張なのだそうです。
これに関してはいろんな話があり、
つまり米国人はどこに行ってもキラワれるから都合が悪い為だとか、
その為にわざとカナダ国旗付けてる米国人がいるらしいとか、
そういう米国人はカナダ人からまたえっれえ嫌われるだとか、
同じことを日本人が日の丸でやってるとしたら、少なくとも私はゼッタイ話しかけたくないだとか、
まあ、ヨタ話には事欠きません。

そう言いながらも、私自身は旅行中、意外にもあまり米国人には会いませんでした。
白人と言えばヨーロッパ人。もしくはイスラエル人。
前者の場合、彼らは社会人でも、とんでもない長期バカンスを平気で取るので、
また会社もそれを許容する懐の深さがあるので、
サラリーマンだけど会社半年休んで、とか、下手したら小学生くらいの子供連れて、とか、
想像を絶する旅行の仕方をしている人とよく出会いました。
後者に関しては、男女ともに兵役の義務がある国である、ということに深く影響しているようです。兵役が終わると、その間の給料と、その後のバカンスが約束されているようで、その両方を利用してぶらぶらしているイスラエル人は、それこそ日本人並みに見かけました。
その一方で、米国人が非常に少ないのです。
青空君によると、ヒッピー発祥の国でもある合衆国ですが、最近では社会構造の変化によって、いったん社会からドロップアウトすると、なかなか社会復帰がしにくくなっているので、旅行をする人が減ってきているのだそうです。
いずれにせよ、海外旅行などできるのは、中流から富裕層にかけて。
もともとなんの捨てるべき地位もなければ、ドロップアウトのしようもないですが、そういう人にはもちろん、先立つものもない。
なるべくしてなった、長期旅行者人口の減少のようです。
まあ、合衆国内においては、そんなこと何の影響もないでしょうけれどね。

しかし、傾向としての現象を捉える上では、私たちは黙殺してもいられないかもしれません。
敗戦から64年、合衆国の栄光と没落の道をまんまと踏襲している日本。一億総中流意識から、今や経済格差は広がるばかり。しかもそれはいまだ悪化の一途を辿っています。
日本人旅行者が、バンコクはカオサンからいなくなる日。
果たしてその時、日本はどうなっているのでしょう。
…この話は長くなりそうなので、またいつの日か。

私が日本で出会った外国人、「どこから来たの?」と尋ねると、
「オハイオ」とか「カリフォルニア」とか、
国を言わずにいきなり州の名前を言う人が多いのも、また米国人の特徴でもあります。
ほかの国の人で、「ボンです」とか「キャンベラです」とか「カブールです」とか、
そんなん言う人には少なくとも私は会ったことがありません。
どんだけ合衆国が世界の中心だと思ってるのでしょう。
鼻持ちならないですねえ。
あ、私も中野区、世界の中心だと思ってたわ。
やべ墓穴(^m^)これに関しての見解は一旦白紙撤回!

先日、『戦争で死んだ兵士のこと』という絵本を買いました。
戦争で死んだ兵士のこと戦争で死んだ兵士のこと
(1997/12)
小泉 吉宏

商品詳細を見る

いわゆる大人向けの絵本です。
以前からずっと探していた本でした。
改めて読むと、これがおそらく合衆国の話だと言うことがわかります。
こんなくだりがあります。
「父の会社が倒産した。
通っている大学の学費に困り、
学費免除の資格を得るために、
大学内の陸軍予備士官学校に
入ることを決意した」
平たくネタばれすると、この学校の卒業によって、主人公は陸軍少尉の地位を受け、その後戦地に赴いて死ぬ、と言う寓話です。
この作者、小泉吉宏さんという人は、大変着眼点と構成力に長けた方で、ほかの彼の著作も大変興味深いものばかりなのですが、この本に関しても例外ではありません。
全体的にそれほど難しくはなく、上記のような文章はほんの一部で、小学校高学年くらいなら充分理解できる内容になっています。
これは、非常にリアルなフィクションです。
淡々と、しかし確実に、人とは何か、戦争とは何か、を語りかけてくれます。
この本に関しての私の感想は敢えてここでは差し控えますが、
合衆国の実情を知る上で、少し参考になるかも知れません。


ずいぶん遠くまで来てしまいました。
ようやく、閑話休題。
さあ、そんなとんでもないニュースを聞いた、合衆国の方々へ。
こんなアメリカンジョークはいかがでしょうか。
一人の男が言いました。
「合衆国で出回ってる札は、9割がコカインまみれなんだとよ。
お前まさか、1ドル札あぶったりしてねえだろうな!?」
するともう一人の男が言いました。
「冗談だろ!なめたこと言ってんじゃねえぞ。俺が使うのは100ドル札だ。」
…。
ゲッツ(爆)

何せ、期待を裏切らない国、天下御免のアメリカ合衆国ですから。
(ト)

さて、先日、青空君の友人Hさんの奥様にいただいた、天然酵母のパン種。
言われた通り、りんごと人参と長芋と余りご飯(これらをエサと言うらしいです)を足し、
ぐるぐるかき混ぜて待つこと半日。

すげえ?!えっれえ膨らんできました!
ガラスのフタを持ち上げんばかりの勢いです。
80kmの移動距離を、無事に乗り切ったようです。
でかしたぞ、種よ!
今日は祝い酒だ!
であえであえ。

さっそく教わった分量通りの地粉等を入れるも、水が多すぎるのか、かなりなベタベタぶりで、
粉足し粉足しで、分量はとうとう深夜割増程度に。
(3点)

にもかかわらず、一時発酵だけで、またもんのすごい膨らみ。
型に入れて二次発酵では30分もしないうちに脅威の盛り上がり。
盆と正月いっぺんにきたような盛り上がりです。
(2点)

慌ててオーブンの余熱...と思ったら、実家とは言え他人のオーブン。
余熱。
できねぇ?(・_・)
なんだよこりゃ?
私の大好物、取扱説明書もありません。
んじゃもういいや、いきなり焼いたれ!
できねぇ?(・_・)
どーなってんだ?
私の母、かっこさんも、仕事で夕方まで帰りません。
嗚呼...もう二次発酵まで行ってんのに!
ダメだ!
待てん!

で、結局、蒸し器に入れちゃいました。

おや?
なかなかどうして!
ウマい(≧∇≦)!
コロもばくばく食べました。
ぐわーはコロのさらに1.3倍くらい食べました。
帰宅したかっこさんも。
もちろん私もです(o^∀^o)
蒸しパン。もっちりで、大成功です。

使った後は、種にエサあげて終了です。

ホントいいものもらったわ?。
でも、今度は300kmを乗り切らないといけません。
母をたずね(-10点)
♪ボンジョルノ?ミア・マード(-15点)

とりあえず、がんばれ種。
そして、Hさんの奥様。
かさねがさねありがとうございました。
ホントに大事にします。
(ト)

先月末、札幌出張を自費延長して、気ままな一人旅を楽しんだのも記憶に新しい青空君ですが、
舌の根も乾かぬうちに、また北海道に出張なんだってよ。
今度は旭川。
いいないいな。
旭川といえば旭山動物園(*^o^*)
あんなシロクマやこんなペンギン、
フリーダムな海獣の様々見放題じゃん、
と、思いきや。

日帰りなんだって!!
すげえ!!
北海道日帰り!!
ここ東京なんですけど!!
贅沢なんだかムダなんだか!!
どこの会社もキビしいってことだなあ...。
せちがらい。

ちなみに私は未踏の地です。
聖地北海道。
ライジングサンとか。見てえなあ?( ̄∀ ̄)
(ト)

今朝から仕事に復帰。

この休暇中、パソコンを見ることは殆ど無く、読書もせず、いわんや仕事のことなど綺麗サッパリ忘れて遊び倒して過ごしたけれど、携帯使って合間合間にTwitterのチェックはしていた。そんな最中、i-morleyでもお馴染みモーリー・ロバートソン氏が自身のつぶやきの中で、「マガジン9条」に昨年掲載されたというチベット問題に関する渡辺一枝さんへのインタビューを紹介していたのを発見。

それが、これ。

マガジン9条?この人に聞きたい『渡辺一枝さんに聞いた』その1?
マガジン9条?この人に聞きたい『渡辺一枝さんに聞いた』その2?

多少なりともチベットで起こっている様々な問題について関心や興味がある方は、是非ご一読頂きたい。そして、チベットの自由獲得をサポートするという行為が、旧来の左右のイデオロギーの枠内に到底収まり切るものではないということを、僅かばかりでも感じ取って欲しいのである。

従軍慰安婦問題に関する国際法廷の開催に反対するなどという下らないことに、雪山獅子旗を持ちすような愚かな真似はして欲しくないのである。

平和5原則に代表されるダライ・ラマ14世法王の思想と憲法九条の間の類似性について示唆して下さった渡辺一枝さんに、感謝の意を表明したい。

(青)



実家長野のトイレには、日めくりカレンダーが吊るしてあり、
なぜか24日で止まっています。
そこには、あざとい
いや高尚な、今日の一言が相田みつをばりに書かれているのですが、
aida.jpg
なんだこりゃ?
「こころはいつも○ろ」
○に、なんて書いてあるんだろう?
うつろ?(→「虚ろ」)
ないがしろ?(→「蔑ろ」)
むしろ?(→「寧ろ」)
つか、「こころはいつも、むしろ」なんだ?その続きは!?

あれ、もしかして、なんか小さく「い」って書いてあんのかな?
ん?「虹」か?
「虹いろ」か?
んじゃ、下のハゲ山みたいな絵は、ダブルレインボーなのかい!?

相田みつをもどき。
あなどれない。
と、トイレ入るたびにイラっと来ています
いや、考えさせられています。
(ト)

青空君と週末長野で合流しました。
青空君10年来の友人Hさんが、長野県の安曇野というところに住んでまして、
毎年遊びに行くのですが、
今年も万障繰り合わせて家族で一泊して参りました。

いやはや。凄いす。
何がって。
まずは庭の散歩。
庭、田んぼです。
立派な稲がスクスク育ってます。
それから広場。
作りかけのツリーハウス。
野菜畑。
大豆畑。
ここまでが私有地です。
これだけでもたまげるのに、
その先、川。
しかもこれ、山から流れる、かなりすげえ川です。ヤマメとか釣れちゃうらしい。
クローバーの丘。
ビオトープ。
近所の散歩だけで、1時間はかかります。

次に、やらしてもらったこと。
もちろん川遊び。コロは全身びしょ濡れではしゃいでました。
ビーチバレー。私は回転レシーブを何十年ぶりに。
ヤギの乳搾り。飼ってるんです。稼ぎ頭なんだって。
野菜収穫、その場でトマト試食。
お花摘み。
BBQ。
大人チームのみ、果てしない宴会。
朝はパンを外の炭火でそれぞれ自分の分焼いて、
ヤギ乳とヤギチーズで朝食。
Hさんの奥様には、
大事な天然酵母のパン種まで分けていただきました。
どおおおおおおおだああああ。
去年は流しソウメンと、スイカ半分に切ってスプーンですくい食いしたのですよ。
どんだけ引き出し持ってんだ。
お世話にはならなかったけど、ドラム缶風呂もありました。

おまけに、Hさんのお知り合いのベジタリアンレストランで、
ステキなプレートランチをごちそうになり、
ご好意でおっきいピザを2枚も焼いていただきました。
そこではコロ、ハンモックから滑落、号泣。
ハイジばりの巨大ブランコから滑落、号泣。
ツリーハウスでは、...さすがに落ちませんでしたが。
痛い思いいっぱいして、
少しもまれたみたいです。

しかし...。
次から次へと繰り出される夏休みイベントに、
背負い投げ喰らいまくった感じです。
もう???????、
激しく憧れ、後ろ髪引かれまくりつつ、帰路に付きました。
Hさんのお嬢さんはコロの2コ上で、
コロはすっかり仲良しになってしまったので、
お別れ時は今世紀最大級の号泣で、
ホントにこちらまで悲しくなった程でした。
これまた、痛い思い出かな?

Hさん、本当にありがとうございました。
またキムチ送りますんで、
来年は是非是非、もうちょい長く、寄せて下さい♪
(ト)

一昨日は、迎え盆に合わせて花市があるという隣町の商店街まで、
みんなでおじいちゃんの車で出かけました。
ここかあ。
…うーん、しょっぱい!
お花はあんまり新鮮じゃないし、出店もパッとせず。
私の母かっこによれば、30年前、私と兄を連れて来たときは、
出店が途切れる事なく軒を連ね、大変賑やかだったそうです。
今や商店街のシャッターはその3/4が閉まったまま。
「御近所の底力」に出てきそうなゴースト商店街でした。

昨日は、近所の市営プールに家族で行きました。
…うーん、ゆるい!
平日とはいえお盆の真っ最中でしたが、
人、少な!
しかも田んぼのど真ん中、吹きさらしで、炎天下なのに、
さぶ!
注意書きとかもそのまま。キャラクター、亀。
地味!
昔、授業サボってよく来たなあ(感慨)。20年前と何も変わってないです。

夜はこれまた、近所の夏祭りに行きました。
…うーん、なんもない!
子供向け出店はヨーヨー釣りと駄菓子屋のみ。
一昨日の花市以下です。
その駄菓子とおでんとフランクフルトで紙芝居見たら、もう終わりです。
ぐわーは途中で眠くなって、帰宅を余儀なくされました。夕方5時にな!
しかしここ、毎年オヤジバンドが20人近い編成でガンガン演奏しまくるのです。
それ見たさに、ぐわーを実家に置いて、再びお祭りに戻りました。
ホーンが10本くらい、ドラムにベースにパーカッションにキーボードを従えて、
ガンガンオールディーズを奏でていました。ダイア?ナ?♪
…うーん、もったいね!
大野雄二とかスカパラとかやってくれ!そんなにホーンいるのに!
家に帰ってもドカドカよーく聞こえました。


まあ、長野ですからね。
いろいろ書いてきましたが、この雰囲気。
ホントはキライじゃないです。
東京は、どこに行っても激混みですから。
人がいないのは、贅沢なことですよ。これまじ。

昨年3月のチベット全土蜂起を受けて出版された多数の書籍の中から、今宵はこんな本をご紹介。

扶桑社新書 中国が隠し続けるチベットの真実 (扶桑社新書 30)扶桑社新書 中国が隠し続けるチベットの真実 (扶桑社新書 30)
(2008/05/30)
ペマ・ギャルポ

商品詳細を見る


昨年6月の出版なので、残念ながら北京五輪やダラムサラでの特別会議については触れられていない。でも、各国の聖火リレーでの抗議行動をとっかかりに、歴史的背景や現状の認識について解説をするという展開になっている。

ダラムサラのチベット亡命政府の声明は全て真実で、中国政府の主張は全て虚偽である、というペマ氏のスタンスには若干違和感があるけど、いわゆるチベット難民の第一世代に属する人だから、その辺は致し方なしかと。

また、'80年には代表団の一員としてチベットを訪れ実情を調査した、という下りがあったけど、この辺の話については是非もっと詳細を知りたいと思った(他の著書には書いてあるのかな?)。

今もって中国政府がチベットを手放さないことの理由に関する解説の箇所は、

 1) 中国内地における人口増加のはけ口

 2) 南アジア?中東?中央アジアを視野に入れた軍事拠点

 3) 資源(鉱物、化石燃料、水、森林)の供給源

 4) 内外の分離独立勢力をデッチあげることによる仮想敵国化

...等々、流石に網羅性が高い。電気自動車の二次電池に用いられるリチウムに代表されるように日本にも充分影響するとこなので、このセクションだけでも読んでおいて損はないかと。

あともうひとつ気になったのが、チベット青年会議(TYC)SFTに関する記述。ペマ氏によれば、元々TYCは共産党支持者を含む様々なイデオロギーを持った若者が集って闊達な議論を交わせるようなサロン的な組織で、それを"生ぬるい"として分派してできたのが、より急進的な組織であるSFTなのだそうな。中国政府が度々TYCをテロ組織呼ばわりして非難しているせいか、何となくTYCの方が過激なイメージがあったけど、すっかり俺も中国政府のプロパガンダにハマッてたってことなのかもね。

ま、過激だ急進だったって、TYCもSFTも別に爆弾テロとかをやらかしたりしてるわけじゃないからねぇ。そこんとこ履き違えないように。

ペマ・ギャルポ氏って日本でいうところの右寄りでタカ派的なイメージがあって、実際そうなのかもしれないけど、本人が喋ってるのをナマで見聞きすると、日本語が流暢なだけでなく話そのものが巧くて面白いので結構好印象だったりする。
そんなことをつらつら考えてて、日本におけるチベット問題関係者のなかでは長田さんSFT日本代表のツェリンさんに次いでペマ氏のお話を講演会等で見聞きした回数が多いということに今さっき気付いたよ。

さて、最後に。
この本の中で、こんな記述がある。

また、「奇跡が起こせるなら皆の前で飛んでみせろ」と言われて、高い場所から蹴り落とされた僧侶もいました。

中国人は、為す術なく死んでゆく僧侶に材して、こう言い放ちました。
「自分の命さえ救えない者に、人民の命を救えるはずないではないか」

「僧侶の一人が中国人に止めるよう哀願したところ、肘から先の腕を切り落とされた。中国人は彼に『仏がいるなら、失われた腕を元に戻してくれるはずだ』と言った」


これらのエピソードは、この本の次に、今まさに読んでる本の内容にシンクロしている(と俺は思っている)。ちなみにその本は、チベットとは関係のない、仏教とすら関係のない、小説である。

どこへ行く、俺。何を求める、俺。
乞うご期待。

(青)

書きかけの記事をWordで作ってて、hotmailで送ったら、文字化け化けで、姉さん、ピンチです。
そんなめんどくさいことするんじゃなかったな(-_-;)長編2個も。
東京のがvistaで、これがXPだからかなあ…。
大失敗だ…あと10日、片田舎で何して過ごそう 
と言うわけで、取り急ぎ観劇記を。

実に10年ぶりに、夢の遊民社『半神』をビデオで観ました。
円城寺あや・竹下明子バージョンです。
劇団夢の遊眠社「半神」 [VHS]劇団夢の遊眠社「半神」 [VHS]
(1999/04/01)
野田秀樹

商品詳細を見る

まああああ、号泣。
体液流しまくり。
いえね、そういう芝居じゃないんです。
話は、身体の一部がくっついた、いわゆるシャム双生児が、
切り離された後の喪失感を描いた、萩尾望都の超短編漫画です。
それだけ聞いただけなら、少し切ない少女マンガなのですが、
それを、2時間の長編舞台に仕立て上げているのです。
野田さんの大好きな、テンション芸満載の、話半分言葉遊び半分の、
難解な舞台になっちゃってるんです。
でもね。

彼の作り出す舞台はいつも、本当に美しいのです。
それを、謎のおじいちゃんの出現や、色香に迷う家庭教師、異形の怪物の集まる異空間など、
原作にない色濃いキャラを発奮させ、台無しにしてしまうのは、彼一流の照れなのだと思います。
でも本当は、台無しになんてなってない。
シャムの双子の衣装は、初演から20年経った今でも、恐ろしく美しく、
醜いが賢い、シュラの苦しみも、美しいが白痴の、マリアの苦しみも、全く色あせない。
最後の20分は、もう画面をまともに見ていられないほどでした。
魂の奥底をガンガンと打ち鳴らされました。
ラストに流れる天地真理ちゃんの「一人じゃないって?ステキなことね?」という能天気な歌が、
より一層余韻を残すのです。
野田さんのプライドによって集結された、完璧なお芝居です。
ビデオではありますが、ほかの野田さんの芝居「野獣降臨」「贋作・桜の森の満開の下」「ゼンダ城の虜」「キル」などなど、私もいろいろ観てきました。
でも、「半神」を超えるものをまだ、私は知りません。

これ、もう相当再演しているらしいですね。
たいがい雰囲気も変わっちゃってるんでしょうなあ。
次いつだろ…。
『放浪記』超える再演を期待します。
(ト)

紀伊國屋書店で出してる「scripta」というフリーペーパーがある。ここで森達也氏が書いている『虚実亭日乗』が面白い。

ドキュメンタリー作家の緑川南京を主人公にした小説のようでいて、その実森氏の実体験に基づいた出来事が書かれているような、フィクションともノンフィクションとも区別のつかない内容。その中で森氏、じゃなくて緑川(一応ね)は、様々な二元論(善悪、是非、敵味方、etc.)を基盤にして大声で語られる主義主張によって掻き消されてしまうような、小さくて、あいまいで、どっちつかずな囁き声に耳を傾けようとする。

例えば、死刑制度とか、煙草とか、パレスチナ問題とか、左右のイデオロギーとか、オウム真理教とか...。

十人十色、どんな事柄に対しても人の数だけ意見があっていい。そして、自分達と意見が違うという理由だけで他者を排斥すべきではない。物事をマルかバツかに単純化して判断してはいけない。そんなごく当たり前の考え方が、文章の端々から滲み出てくるような気がした。

以前、広島在住の友人が愛車のミニクーパーを飛ばして東京まで遊びに来てくれた時、ついでにと言って彼が観に行ったのが森氏が監督した映画『A』だった。その時は、せっかく東京まで来て何もそんなわけのわからん映画を、なんて思ったけど。Hさん、ようやく追いついてきたよ俺も。

『虚実亭日乗』のバックナンバーは「scripta」のページで読めます。興味が湧いた方はご一読あれ。

(青)

先週、待望のフリーウイグルTシャツが届いた。

フリーウイグルTシャツ

カッコイイネ!
早速週末に着てお出掛けしてみたりして。

が、しかし。
改めてタグを見てみたら、「中国製」と書いてある。

それじゃあ、いかんだろう。

(青)

今回はこんな感じ。

●期間 : 09年7月9日?8月8日(31日間)

●都市ガス使用量 : 15立方メートル

●CO2排出量 : 31.2kg

おぉっ。前回に比べてグッと減ったぞ。ま、家族旅行とかがあって家で煮炊きする機会が少なかったと考えれば、当り前か。

(青)

今日、私の実家の長野に、愛娘コロがひとりで旅立ちました。

いや、正確には一人ではありません。
最初ひとりで行かせようと思ったのですが、私の両親にどやされ、結局彼女のおばあちゃんであり、私の母、かっこさん(仮名)に、わざわざ長野から迎えに来てもらい、返す刀で長野にとんぼ帰りという、かなり込み入った方法を取りました。

私も帰省はするのですが、来る月末の、「第53回高円寺阿波踊り」に向けての練習が今日だったため、どうしてもここは出ておきたく、それが済むまではこの東京は中野の地を離れられないという状況でした。
コロも出演はしますが、子供踊りは、言うなればグリコのでっかいおまけ、おしゃれ小鉢、布団圧縮袋にもう3枚!の、もう3枚部分、なので、そこまできっちり出なくでもいいという、勝手な独断で、帰省を許してしまいました。
コロはかっこおばあちゃんが大・大・大好きで、もう何日も前から死ぬほど楽しみにしていたのですが、夜になったら泣いちゃうかもなーなんてなことを思っておりました。

しかし。
毎日朝晩かかってくる電話の向こうでは、楽しそうなコロの声が。
「お母さん、今日ねえ、ボールで遊んだよ」
「おばあちゃんと買い物行くんだあ」
「すごく楽しいよお」
今日の夜に至っては、遊び過ぎてあっけなく寝てしまったそうです。

こうなると、大変なのはかっこさん。
毎日5歳のバイタリティに当てられ、さすがに精根尽きはてた様子で、
「明日は早めに来なさいよ」
と、釘を刺されてしまいました。

かっこさんはもともと、驚異のスタミナの持ち主で、合わせて生来の負けず嫌いと、おしゃべり好きと、子供好きがあいまって、普段からものすごいテンションで、私はひそかに、あと100年は死なないだろうと思っているくらいなスーパー60代なのです。が、そのかっこさんをもってして、へとへとになるほどのコロの相手…。まあ、目に浮かびます。

子供は知らないうちに、大きくなってるものなのですねえ。
少し前まで、私がいなければわんわん泣いていたと思っていましたが。
…まあ私と青空君の子供ですからね。放浪癖と放蕩癖(!)は約束されているのでしょう。

一方、こちらはこちらで大変静かな日々を過ごさせていただきました。
ただ、この天使に限りなく近い存在・宇宙人ぐわーでも、「コロちゃんどこ?」「コロちゃんはあ?」と、姉の不在をいぶかしむ発言と、普段以上の母へのべたつき加減が、若干、日常とは異なる雰囲気は醸し出しておりました。
しかし、余りに静かなので、こっそり青空君とぐわーの3人で、魚民に飲みに行きました。
いやああああ、静か。
ゆっくり飲めましたわー。

私も、さみしかったのは、見送る瞬間と、楽しそうな電話口のコロの声を聞いた時だけ。
ずいぶん気晴らしさせていただきました。

さあ、明日は久々にコロのマシンガントーク聞きに、私も帰省します。
…嗚呼。
(ト)

小金湯温泉は小ぢんまりとした温泉場で、宿もあるけど日帰り入浴も可能。ここから更にクルマで30分ほど行ったところには定山渓という別の温泉場があり、そっちの方が有名だし規模も大きい。小金湯の方にはあまり客は来てないかな、と思ったけど、思いのほか混み合っていた。

温泉を堪能した後は、冷えた生ビール、休憩室で昼寝と、王道コース。地下鉄南北線の南端の真駒内駅まで無料の送迎バスがあるとのことなので、発車時刻までのんびり過ごす。

送迎バスで小一時間、真駒内駅に辿り着いてみると、駅の様子がおかしい。聞けばこの先の駅で人身事故が発生したため、地下鉄は運行停止状態。他に移動手段もなく、仕方なしに代替輸送のバスを待つ長蛇の列に並ぶ。程無くしてバスには乗れたが、すすきのに戻ってコインロッカーに預けた荷物をピックアップするまでに予定の倍以上の時間を費やした。

時間に余裕があれば新札幌で途中下車してonちゃんミュージアムにも寄ろうと思っていたけど、とても無理。泣く泣く新千歳空港に直行する。

フライトの30分前に何とか空港に到着、慌ただしくお土産(六花亭はマストでしょう)を購入、自動チェックインを済ませ、搭乗ゲートへと向かうと、乗る予定の便が遅延とのこと。
そんなことならゆっくりお土産選んでれば良かった。搭乗ゲートの方に来ちゃうと、あんまり大したもん売ってないんだよ。腹立ち紛れに空弁(カニとイクラのお鮨)と缶ビールを買い、待つこと十数分。ようやく羽田へと向かう飛行機に搭乗した。

さらば北の大地。また逢う日まで。

最後に、札幌滞在中に気になったことを幾つか。

【信号機】

クルマ用のやつも、いちいち縦長。要は横長だと雪が積もって壊れやすいからだそうな。嫁にその話をしたら、"信州もそうだよ"とあっさり返された。雪とは無縁の湘南ボーイには知られざる事実。

【峠情報】

ホテルでNHKのニュース見てたら、地域の天気予報のコーナーの中で道内の主要な峠の情報というのも報じていた。はじめて聞いたよそんなの。やっぱあれだね、天候の変化が日々の暮らしに与える影響が大きいんだろうな。

【なまら】

話には良く聞くけど、ほんとに言うんだね。すすきのの街をブラブラしてたとき、後ろを歩いてた若い姉ちゃん二人組が会話の中で普通に"なまら驚いた?"って言ってたよ。何がどう、ってわけでもないんだけど、ちょっと嬉しい気分。

* * * * *

すすきのの辺なんかは普通にガラが悪いし、人もクルマ多いし、中国系の観光客も多いし、で、典型的なアジアの都市って感じ。一方でちょっと郊外に出れば緑に溢れていてとても気持ちが良い。食べ物もおいしいものばかり。夏場に訪れる分には気候も程良いので、是非また来たいと思った。次回は札幌だけでなくもっと遠方にも足を伸ばしたいところ。

札幌滞在中の特別仕様ということで、携帯のLISMOの音源を総入れ替えして、OKIさん安東ウメ子さんをゴッソリ入れて持って行った(チカル・スタジオから出てるCDはほとんど持ってるのだよ)。東京に戻ってからも、トンコリやウポポの調べに我が身を委ねながらコンクリートジャングルを闊歩する今日この頃である。

<終わり>

(青)

今回はこんな感じ。

●期間 : 09年7月6日?8月4日(30日間)

●電力使用量 : 204kWh

●CO2排出量 : 75.072kg

あーあ、日数少ないのに前回より多いよ。
今年はクーラーとか全然使ってないんだけどなぁ。裏を返せば、クーラー使うともっと増えるってことか。

剣呑剣呑?。

(青)


札幌滞在の最終日。夕刻には東京に戻るフライトに乗らねばならない。僅かに残された時間を使って、アイヌ民族の伝統工芸品を展示するサッポロピリカコタンという施設を訪れた。

札幌市の中心からは地下鉄とバスを乗り継いで一時間強、小金湯温泉という温泉場のそばにピリカコタンはある。安東ウメ子さんの歌声が薄っすらと流れる場内には、屋上に太陽電池を戴いた近代的な建物と、チセを始めとするアイヌの集落の施設が復元されたものが置かれている。

アイヌの工芸品に刻まれている文様はいちいち美しい。復元された船の舳先の彫刻には、眼を奪われんばかり。

船

至極実用的な設備も復元されている。例えば、鹿威しの原理で上下するこれ。

鹿威し風

この木の棒の反対端は、ほれこの通り。

臼と杵

臼と杵になっていて、この日もちゃんと動き続けていた。

近代的な建物には、事務室やホール、展示室に関連図書コーナーなどがある。ホールでは団体客(例えば遠足の小中学生とか)が訪れた時などにイベントをやるようだけど、この日は静かだった。

展示室に置かれている工芸品の内容については、ピリカコタンのウェブサイトで丁寧に紹介されているのでそちらをご覧頂きたい。この展示室の大きな特徴のひとつが、展示品に直に触れられること。ただモノを見るだけでは感じることが難しい個々の展示品の質感も、実際に触ってみることでよりリアルに伝わってくる。トンコリの弦を自らの手で弾いてみることができたのには、正直ちょい感動。

日用品の展示物の中に、お箸もあった。アイヌの言葉ではパスイと呼ばれている。ふと気になって係りの人に尋ねてみたところ、案の定、かなり後代になってから和人との交易によって伝わったのでは、とのこと。通りで名前が日本語に似てるわけだ。中国の"クヮイズ(お箸)"がチベットに伝わって"コツェ(お箸)"になった状況に似てるかも。

図書コーナーにはアイヌ関連の書籍が所蔵されており、その場でなら閲覧が可能。さすがにゆっくり読んでるヒマはないので、ザッとタイトルだけ見てみて気になった本をメモってきた。以下に列挙してみる。

 梅原 猛、埴原 和郎 『アイヌは原日本人か』

 別冊宝島EX 『アイヌの本』

 手塚 治虫 『シュマリ』

 アイヌモシリの自治区を取り戻す会 編 『アイヌ・モシリ―アイヌ民族から見た「北方領土返還」交渉』

最後のやつなんか秀逸。まえがきだけ読んでみたんだけど、こんなことが書いてあった。

 私たちは日本政府や和人が主張する「北方領土返還運動」には絶対反対であり、北方領土の領有権は元々アイヌ民族にある

これって重要な視点だと思う。最近ウェブ上で話題になっている20年後の沖縄が中国領になっているか否かの議論もそうだけど、この手の領土問題って、元々その土地に何世代にも渡って暮らしてきた人達の思いを無視した、随分乱暴な論調ばかりのような気がするんだよ俺は。

ひと通り展示品を見終え、隣の温泉場でのんびり露天風呂に浸かりながらも、気付けばつらつらとそんなことを考えていた。

<続く>

(青)

ママ友に、義父が沖縄出身、という人がいるのですが、彼女はこの夏、その義父の、沖縄に新築したお家に家族みんなで遊びに行ったのだそうです。
「お土産何がいい?」と言うので、冗談で
「んじゃチラガーかなあ(^u^)?」なんて言ってたら、
どわわわわわ!
チラガー
顔だ顔だ!クール宅急便で、顔が届いた!
耳も鼻も、マジ豚だ!
でっけええええ。

さあ、どう料理しよう??
今日のベジディは返上だなあ(((((((^_^;
(ト)

追記:
夜、さばきました。1時間近くかかっちゃった。
笑いが止まらなくなりました。鼻!
しかもたいがいな量に(^v^)
顔…なんしかすげえなあ。
いろんな意味で、ありがとうTちゃん。

愛息子・ぐわーが風邪をひきました。夜中に39.9℃の熱。もう汗も出ません。
その日は一日に2回も庭にプールを出して遊び、ぐわーも水飲んだりなんかなめたりし放題。
そのまま午後のお昼寝に入り、おむつ一丁で2時間ばかりを過ごしました。
…って、熱の原因、思い当たりまくりじゃん!でもいつものことなんですけどね^_^;

一般的に、男の子の方が熱を出しやすいと言います。確かに、もうコロは何年も熱を出していません。でも、熱は何度出しても親は慣れるものではありません。私なんか毎回、「死ぬかもしれない」と、本気で思います。全然死なないんだけどね。
座薬も効かず、とうとう朝まで熱は下がりませんでした。
東京都の医療機関を案内してくれる機関「ひまわり」に問い合わせ電話をかけると、音声認識をするので、ゆっくりと、大きな声で、受診したい診療科を言ってくだい、と言います。
高熱だし、こりゃあ間違いない、と思い、「発熱外来!」と言うと、
「アレルギー科、ですね」と来ました。
あほか!もう一度、と「はつねつがいらい!」と叫ぶも、
「アレルギー科、ですね」と来ました。デジャビュか。
結局オペレーターに繋いでもらって、「発熱外来を受診したいのですが」と聞くと、
「今もう、発熱外来って言うのは閉鎖になったんですよ」と言います。だから普通の小児科を受診しろということらしいです。

ほおお。
仕方なく、青空君に急遽午前休を取ってもらい、かかりつけの小児科医に朝一番で診察券を出しに行くと、ここでは、高熱の子は11時からの診察という事になっているので、その頃来てほしいという張り紙があったといいいます。電話で確認すると、11時半に来て、来たら玄関の前から電話してほしいというのです。
東京都とは大きく乖離した、徹底した隔離ぶりです。

仕方なく、ハラハラしながら11時半まで待ちました。
水を飲んでも吐いてしまうぐわーには、少しずつ、氷を与えて、水分を確保しました。
ようやく時間になり、言われたとおり玄関の前から電話すると、裏口から入ってほしい、という指示がありました。しかし、まだ前の人の診療が終わってないので、あらためて裏口から呼ぶから、と言われ、炎天下の下、10分余り待たされました。さらに隔離部屋でマスク着用を余儀なくされ(しかもマスク代20円徴収された)、そこでさらに15分。ようやく診察が始まりました。
その優しい女医さんは言いました。
「今中野区では、またインフルエンザが流行ってるのよ。報道されないだけでね」

えええええええええええ?
発熱外来廃止してんのに???

結局、インフルエンザとアデノウィルスの検査をして、陰性のお墨付きをいただき、抗生物質と解熱剤をいただいて帰路に就きました。
「夏風邪にも何種類もあるから、気をつけてね。いつまでもぐずぐず機嫌が悪いとき、それから何時間もウトウトして目が覚めないとき、これは要注意です。大きな病院を受診してください」と言われました。
それから丸1日。ようやく37℃代前半を推移し、お昼には2日ぶりの食事をとることができました。そうめんですが。今もおやつのパイの実をほおばっています。

とりあえず、安心はしましたが、釈然としなさは厳然と残ります。

あの数か月前の、、キチガイじみた報道は、なんだったんでしょうね?
そしてこの、恐ろしいくらいのインフルエンザに対する沈黙は、なんなんでしょうか?

適度な情報は、身を守ります。
多すぎる情報は、かえって足元すくいます。少なくてもまた、然り。
さて。
(ト)

先週末に掛けて、出張で札幌に行ってきた。北海道は二度目で、前回も仕事絡みで札幌のみの滞在。今回は週末に掛ってたので、せっかくなんで延泊して札幌市内をブラブラしてきた次第。

仕事から解放された某日夕刻、予約していたすすきののど真ん中のカプセルホテルにチェックイン。まずはサウナでゆっくり汗を流す。

最大の懸案事項は、夕食に何を食べるか。出張業務中にジンギスカンとラーメンは食べたので、ここはやはり海産物系が望ましい。しかしながら、札幌に着いてから方々で拾い集めたフリーペーパーを見る限りでは、海産物系のお店はどこも敷居が高く、ひと通り食べられるコースがどこも3,000円以上する。そんなとこひとりで行くのも気が引けるので、色々探して結局回転寿司の店の暖簾をくぐった。

さすがは北海道、タラバガニとか鮭とかイクラとか、旨そうなネタが満載。調子に乗ってただただ喰いたいものを喰っていたら、結局お会計が3,000円を優に越えてしまった。とほほ。ま、旨かったので良ししよう。

満腹をさすりながらブラブラしてると、タワーレコードの札幌店を発見、入ってみる。

土地柄か、ライジング・サンの特集コーナーがフロアのど真ん中に鎮座ましましている。そういえば今年のライジング・サンはイースタンが出るんだよな、と思い探してみるが、野外フェスにありがちなジャムバンド系ばかりが取り上げられてて、イースタンのイの字も見当たらない。

おいおい待てよ、札幌出身のバンドじゃん、何でここでバァーンとクローズアップしないのよ?
不満を抱えつつJ-Punkのコーナーを確認すると、こんなPOPを発見。

歩幅と太陽

これっぽっちかい?ちょっと扱いが低いんじゃないの?新譜がリリースされた暁には、ほんの数日でもライジング・サンの方の特集コーナーにも置いてくれるんだろうね?
店員呼びつけてクレームつけたい気持ちをグッとこらえ、ひとり心の中で憤ってみる。

別の所にはやはり道内で開催されるマジカルキャンプという野外フェスの特集コーナーもあった。このフェスのフライヤー、と言うかポスターくらいの大きさなんだけど、結構かわいいデザインだったので、思わず一枚頂戴してきた。
今は我が家のトイレに貼ってある。

この日は狸小路まつりや豊平川花火大会の日だったようで、すすきの周辺もとてもにぎわっていた。浴衣姿の若い女子もちらほら。その半数近くが今時珍しいヤマンバ・ギャルみたいな髪の色とメイクの子だった。全般的にガラが悪い。

仕事の疲れも相俟ってクタクタだったので、すすきのの夜だからとはいしゃいだりせず、翌日に備えてとっとと宿へと戻ることにした。

戻る道すがら、大通りを渡る交差点で信号待ちをしていると、バイクにしては図太いエンジン音が。ふと眼を見やると...、

北の大地を走るトゥクトゥク

何とトゥクトゥクが停まっている。運転手はヘルメットを被ってないので、扱いはバイクではなくクルマか。走り去る後ろ姿にナンバープレートが付いているのも確認。なにゆえ北の大地にトゥクトゥク?

宿に戻り、缶ビールを一本空け、テレビもそこそこに寝入る。
明日は朝から色々と忙しいのだ。

<続く>

(青)





アンパンマン折り紙
アンパンマンの終わりの歌を知っていますか?
今は3曲くらいをローテーションしているようですが、今日の話はその中の一曲、「アンパンマンたいそう」という曲について、つぶやきたいと思います。
私がコロとぐわーを連れて近くの児童館へ行ったとき、私はその曲を知りませんでした。TVのアンパンマンを見ていなかったからです。
その児童館では、プログラムの最後に、アンパンマンたいそうを踊っていました。
こんな歌詞です。

もし自信をなくして くじけそうになったら
いいことだけいことだけ思い出せ
そうさ空と海をこえて 風のように走れ
夢と愛を連れて 地球をひとっ飛び

アンパンマンは君さ 元気を出して
アンパンマンは君さ 力の限り
ほら輝くよ 君はやさしいヒーローさ


私は踊るのは嫌いな方ではなかったので、初めて参加した時から一緒に見よう見まねで踊っていましたが、踊っている途中で、本気で泣きそうになりました。
私は当時、子育てに蹉跌寸前でした。一人で悶々と闘っていました。どうしていいのかわからず、ぐわーの夜泣きもあいまって、頭おかしくなりそうでした。そして、気の進まないまま児童館に足を運んだのでした。
私はかつて一度、まだコロしかいなかった頃、児童館デビューでしくじったことがありました。どうにも若いママ友に馴染めなくて、行くのがイヤになってしまっていたのでした。
そんな経緯もあり、1年以上ぶりに行った児童館で、追い詰められていた私が聞いたのが、この「アンパンマンたいそう」でした。

もし自信をなくしてくじけそうになったら、いいことだけ思い出しときゃいいのか。

その状況はまさに、その時の私の沈みまくった魂であり、その病んだ心を、ずささささっとすくいあげてくれたのが、アンパンマンたいそうだったのでした。

作詞はアンパンマンの作者・やなせたかし氏と、魚住勉さんという方の合作だそうです。
やなせ氏は、これを、一体誰の為に書いたのでしょう。
氏でなき身の私には知り得ようもありませんが、少なくともこれを初めて聞いた時には、こりゃ私の為の歌だわ、と、心から救われたのでした。

それ以来、何かにつけ、私はこの歌を思い出します。大声で、コロと一緒に歌います。にっこり笑えて、元気になります。
そして今や、当時知り合った児童館のママ友とも、幼稚園もばらばらながら、ちょいちょい集まってはおしゃべりの尽きない、気の置けない友人となりました。それもこれもあのときのアンパンマンたいそうのおかげかもしれません。

やさしいヒーローは、意外とそこらへんで気軽に誰かを励ましているのかもしれない、というヨタ話でした。ご静聴にカムサハムニダ。
(ト)

昨日は、諸事情あって、ぐわーだけをコロのお友達L君のお宅でお預かりしていただきました。
迎えに行ったのが夜の10時前。
お礼もそこそこに帰路に就いたのですが、帰ってきてから
「おなかすいたー」
「ごはんたべたいー」
など、つたない彼にしてははっきりと、しかも何度も言うのです。
夜10時と言えば、お昼寝してなければ、とっくに眠りに落ちている時間です。

預かってもらったLくんママにメールで聞いてみました。
「夕ご飯、食べたのかなあ?お昼寝、した?」
すると。

「晩御飯はチャーハンを大人のお茶わん一杯分くらいと味噌汁、
 アイスはおなかくだすくらい食べちゃったよ!
 お菓子も結構食べたよ
 お昼寝なんてとんでもございやせん!
 結構体使って遊んでたよ♪おもにジャンプ」(原文引用)

な、な、なんじゃそら?!?食い過ぎ食い過ぎ食い過ぎ!
つかこのメール帰ってくる前に、すでに青空君の夜食のラーメン見て
「ラーメンラーメンラーメンたべたい?」と訴えたため
すでに食わせちゃってたよううう((((((((((((((((^_^;
どんな胃だ!赤阪か!?砂糖水飲むのか!?

結局寝たのは11時半。
きっと、L君ちがよっぽど楽しかったのでしょうね…。

…ということにしておきましょう。
元気があれば何でもできる!
(ト)

青空トランプ

Author:青空トランプ
青空トランプ:夫婦ユニット。サブメンバーに、長女コロ(中1)と長男ぐわー(小5)がいます。
そんな青空トランプを、20の質問で紹介します。

【青空☆太郎】

出身地:宇宙
職業:世界を股に挟むえせサラリーマン
趣味:最近は主に東欧の大衆音楽、例えばロマ(ジプシー)系やクレズマーの辺り
特技:誰に対してもあつかましく振舞う
好きな食べ物:カレーかラーメンか迷ってるフリをしつつ本当に好きなのは握り寿司
好きな映画:ここ最近なら間違いなく『先祖になる』だね
尊敬する人:タモリ(『ブラタモリ』復活希望)
抱きたい人:宮崎あおいちゃん(せっかく離婚したんだから俺んとこに嫁に来なさい)
神:JB、ジミヘン、コルトレーン(このチョイスに迷い無し)
永住したい場所:東北か東欧か東南アジア
1ヶ月休みがあったら:東北でボランティア&観光(まだまだ行き足りない)
3億円当たったら:1億は寄付して、残ったカネで防音設備の整ったスタジオ付きの家を建てて楽器を買いまくるね
明日死ぬとしたら:慌てて般若心経を覚える
今一番興味があるのは:クレズマーとチンドンの関係性
子供以外の宝とは:あごひげともみあげ
自分を動物に例えたら:インドサイ
相方のいいところ:他人にでも感情移入できるところ
相方の悪いところ:他人にでも感情移入しがちなところ
相方を料理に例えたら:火鍋と砂鍋が半々のやつ(仕切りは陰陽風)
世界に向けてメッセージを!:打倒風評被害!


【花札(仮)すずき】

出身地:長野県長野市
職業:主婦業を全力で。
趣味:下ネタ。
特技:落ち込むこと。
好きな食べ物:友人の旦那が作るダシ巻き卵。こないだ久々にありついた♡甘さと出汁とフワフワ具合。ケーキかよ!?安定の旨さ。嫁への愛を感じたわー。
好きな映画:『クンドゥン』『JSA』
尊敬する人:もちろんダライラマ14世。すごいオジサマですよ、この人は。
抱かれたい人:吉野寿様。せめてデートできるなら、一緒にダイアログ・イン・ザ・ダークとか行って、吊り橋効果狙いたい。
神:小林賢太郎。神と書いてけんたろうと読む。
永住したい場所:シェムリアップ、ウブドゥ、チェンマイ
1ヶ月休みがあったら:タイのビーチでぐだぐだしたい。
3億円当たったら:半分寄附、半分貯金して老後に旅しまくる。
明日死ぬとしたら:家族と美味しいもの食べて過ごします(;_:)なんか泣けてきた…
今一番興味があるのは:TED。おっさんテディベアじゃなくて、プレゼンの方のね。
子供以外の宝とは:ラーメンズDVD&文庫本コレクション。
ラーメンズ好きな女はうざい?けっ知らねー。
自分を動物に例えたら:スナフキン亜種。おさびしやま~に~♪
相方のいいところ:博識。理論的。私の支離滅裂な話をよく聞いてくれるという意味で、ガマン強いところ。
相方の悪いところ:ブログ、この半年で1個くらいしかあげてませんよ。どうしました?
相方を料理に例えたら:満漢全席。うんちく多そうだ。
世界に向けてメッセージを!:最良の母親とは、まあまあの母親である。〜児童精神科医 ドナルド・ウィニコット〜

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。