*admin*entry*file*plugin| 文字サイズ  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


ハイ、今日はAsian Dub Foundationネタ。

アルバム『Enemy of the Enemy』以降の重厚な音作りも勿論嫌いではないけど、個人的には初代MCのDeeder Zamanの頃の、ちょっとイナタい雰囲気が結構好き。

中でもこのプロモビデオ、メンバーのファッションはどことなくアカ抜けてないし、エキストラも南アジア系ばかりで、何だか懐かしい感じ。ロンドンのインド人街ってこんな濃厚な雰囲気なのかしらん?それともわざわざインドまで行って撮影したとか?

曲調もとてもハッピーな感じで、サイコーっす。



(青)

スポンサーサイト

青空君渾身の記事をつぶしたくないので短めに。
昨日はイースタンユースのライブがあった。渋谷CLUB QUATTRO。平日な上、先日のひょうたんのライブで風邪をこじらせた私は、残念ながら自宅待機。

今日、東京は雪。
都会の雪はすぐ溶けて、醜く汚れていく。
と、吉野氏は唄っただろうか。
(『瓦の屋根に雪が降る』)

でも、今日の気分はやっぱりこっちかな。
Walking In The Air

雪の日は、どこまでも沈みそうな魂をこらえることを、あきらめる。
ロシアンティでも入れましょう。

(ト)

この前の水曜日(2月25日)はチベット暦で正月にあたるロサルの日。
でも今年は、チベット本土を含む各国のチベット人社会で、喪に服す意味で祝賀ムードを自粛する動きが。

さすがにラサだと取材どころか入域すら許可されなかったのだろうが、そんな中日本のメディアでは読売と朝日がカム、東京がアムドでのロサルの模様を伝えている。

チベット族沈黙の正月、軍や警察を大量投入

チベット、凍る正月 まもなく騒乱1年、強まる監視

チベット旧正月祭り自粛 抗議込め読経響く

我が家も水曜の夜は、窓から雪山獅子旗を掲げ、ノン・アルコール&ベジメニューで静かに過ごした次第。

さて、今さらではあるが、一冊の本を紹介したい。身に覚えのない容疑で中国政府に逮捕・投獄され、30年間以上に及ぶ獄中生活を送ったという、あるチベット人の僧侶の自伝である。

雪の下の炎雪の下の炎
(2009/01/18)
パルデン・ギャツォ

商品詳細を見る


この本の初版は'98年。一度は絶版になったものの、昨年3月のチベット蜂起を受けてMixi内のコミュニティを中心に復刊の声が高まり、12月に復刊に至ったっている。俺も復刊が正式に決定する前に「復刊ドットコム」で注文(=復刊要望)してたので、年明け前には既にこの本を手にしていた。

だけど、なかなかその表紙を開くことができなかった。
何故って、内容が壮絶なものであるのは、分かり切っていたから。

中野区に居を構える直前の2000年初冬、チベットで政治犯として捕えられ釈放後インドに亡命したという人達の話を聞く一連のスピーキング・ツアーがアムネスティの主催で開催された。鎌倉の学校だか市民センターだかみたいな所が会場のやつもあったので、当時まだ藤沢の親元に居候してた俺は自転車漕いでその話を聞きに行ってみた。その時招かれてたのは比較的まだ若いチベット人の男性だった。

勿論それまでにもことあるごとにダラムサラを始めとするインド・ネパールのチベット難民居住地や中国の支配下のチベット文化圏を訪れたりして、この手の酷い話はそれとなく耳にしてたつもりだったけど、改めて本当にそんな目に遭った人の生の声を聞いて、怒りとか悲しみとか恐怖とかを越えてただただ唖然としてしまった。話の終盤、招かれたその男性とその言葉を通訳するペマ・ギャルポ氏が共に言葉を詰まらせ嗚咽する姿を、初冬の湘南の灰色の海を眺めながら頭の中で何度も反芻しつつ、何かにとり憑かれたように自転車のペダルを強く踏んで家路を急いだのを、今でも覚えている。

だからね、この本も、復刊運動の一環として俺も購入したけど、なかなか読もうって気になれなかったんだ。
しんどいのは分かっていたから。

でも、何とか頑張って読んだよ。

ラサ蜂起が起こったのが'59年の3月。同年末にパルデン師は逮捕・投獄される。'66年には文化大革命(文革)が始まり、'76年の毛沢東の死の直後まで続く。'89年には再びラサで蜂起。パルデン師が当時収監されていたダプチ刑務所にも、抗議行動を取った多くのチベット人が投獄される。最終的にパルデン師が釈放されたのは'92年の夏。釈放直後にインドへ亡命している。

こんな時代背景を踏まえつつ読み進めると、刑務所内の雰囲気も文革の前、文革の最中、文革後で、微妙に雰囲気が変化しているような気がした。ザッとまとめてみるとこんな感じかと。
(間違いや不足があれば遠慮なくご指摘下さいまし)

文革前 :
(主に無実の罪の)自白の強要、闘争集会、強制労働など。いずれも初期段階。

文革中 :
闘争集会とそれに伴う自白強要の激化。労働による改造という名目での強制労働(実際は党に安価な労働力を提供する手段)。焚書のように古いもの(=封建主義の遺物)を全て焼き尽くす。毛沢東崇拝。

文革後 :
電気ショック棒等の拷問道具が登場するのはここから。一方で、'89年のラサ蜂起に呼応するように、刑務所内でも抗議活動が頻発。思想学習の集会は惰性化し、収監の理屈も思想面を問われる前に国家の分裂に加担したから、といった方向性に。

細かいところまで追ってくと、党中央部(北京)の動向の些細な変化に応じて刑務所内の待遇とか闘争集会の方向性とかもコロコロ変わっているような感じ。つまり、政策に一貫性がない。

国共内戦に勝利して共産党の一党独裁政権を樹立した'49年を以て建国とすれば、今の今でもまだ60歳、国家としては若い部類に入る訳だね中国は。政策に一貫性がないのは致し方ないとも言えるだろう。んでもさ、それじゃあ何故、さもない理由でチベット人とっ捕まえて投獄するって方針だけは一貫してるんだ?

余談ではあるが、この本も俺は仕事への行き帰りの中央線の車中で読んだ。
ある晩帰宅するなり、俺は嫁に、

「文化大革命って、ほんっとひどいんだよ!」

と息巻いた。
翌朝続きを読み進めてビックリ。その次の章の題が「文化大革命」だった...。
自分の不勉強も含め、ただただ苦笑い。

閑話休題。
枚挙にいとまがないほどの受難を乗り越えてパルデン師は釈放され、間髪入れずにインドへと亡命することになるのだが、ここでもうひとつ気になったのはその際のルート。詳細はここでは明かさないが、パルデン師が意外とあっさり亡命に成功しているのには、正直ちょっと拍子抜けした。
でも、かつて自分がチベットを様々な交通機関を駆使して行き来した時のことを思い出してみても、政治的に不安定な、例えば今みたいな時期でなければ、単身ならスッと抜けてしまえるのかもな、とも思ったりもする。裏を返せば、中国政府によるチベットの統治にもそれくらいいい加減な面が多々あるということではないかと。

いずれにしても、パルデン師をして30年以上の投獄生活を生き長らえさせ、更にダライ・ラマ14世法王の許に辿り着かせたのは、間違いなく彼のその強靭な精神だと思う。
彼の言葉を引きたい。

暴力をふるう者にとって最大の侮辱は、相手がその力を認めようとしないことである。人間の肉体ははかりしれないほどの苦痛にも耐えることができ、しかも回復する。傷は癒える。だが、精神が挫けてしまったら、すべては壊れてしまうのだ。だからこそ、私たちは落胆してはならない。信念と、そして何より正義と祖国の自由のために闘っているのだという確信とが、私たちに力を与えてくれていた。

実際にこの本を読んで彼がどれだけ酷い目に遭ったかを知れば、この言葉の重さは確実に読んだ者の心に深く刻まれるだろう。

何日か前の記事でこの本に触れた際、Bob Marley & The Wailersの『Small Axe』という曲を引き合いに出したが、この歌でいうところの“鋭く研ぎ澄まされた小さな斧”は、異論はあるかもしれないけど俺にとってはパルデン師の強靭な精神のありようを表わすのにピッタリの言葉だと思っている。

そんな訳で、当初の予想に反して、この本の読了後には何故か自分の心の中にふつふつと力が湧いてくるような気がした。素直に、読んで良かったと感じられるものだった。

パルデン師の言葉が、そして生き様が、チベットのみならず全ての虐げられた人々の心の支えとならんことを祈りたい。

この本を題材にした映画が、『風の馬』と同じ渋谷のアップリンクで来月から公開される(関連サイト)。
勿論俺は観に行くぞ。みんなも観に行こう。

(青)

映画『風の馬』

ここ数日このブログの訪問者が増えてきたのは、福造のお蔭かな?

さて、今日のボヤきネタはこちら↓。

「唐辛子、秀吉が持ち込み説」覆す 韓国研究所

そんなに日本の影響の可能性を排除したいのかしらん?
いいじゃん、唐辛子がどこから来ようが、キムチは間違いなく朝鮮民族が世界に誇る旨い食べ物なんだから。

それよりも、こんな些細なことにも目くじら立てる右傾化した日本人がいるのではと思うと...、いや、そんなの多分どうでもいいや。そんな奴ら、放っておけばいい。

(青)


中華人民共和国駐日本大使館のウェブサイトの非常に分かり難いところに、素晴らしき迷文を発見。

中国のチベット学(一)

この後に(二),(三)と続くんだけど、正直(一)だけでお腹いっぱい。

何がイタいって、

1) チベットを中国固有の領土とする彼らの主張の根拠が一切書かれていない。
突っ込みどころ満載のヘリクツをさらけ出すほどの愚行は冒さないということか?せっかくこっちはそのひとつひとつに反論してやろうと思ってるのにさ。

2) 「文化大革命」をあっさり流す。
ちょっとした天変地異扱いだが、俺の拙い解釈では「文化大革命」は現在の中国共産党政府の成立の根幹に関わる出来事だと思っているので、チベット云々を抜きにしてもこの軽い扱いは解せないなぁ。

3) 後はひたすら自国事業の礼賛。
(二)以降は、とにかくうちこんなんやりました立派でしょ、って感じの内容が続く。やましいところがあるから良いことばかりダラダラ書き連ねてるのかしらね?

あ?、つまんねえの。もう寝ようっと。

(青)



昨夜の余韻が溶け残っている。
高円寺MISSION'Sは、よく言えば古き良きライブハウスの残像を残している。
悪く言えば、...分煙してくれい!
この体中に残る副流煙の香りが、昨日の記憶を濃密によみがえらせる。
喉はめちゃめちゃ痛いけど。痛みを伴う構造改革。何言ってんだ私。

私にとって、音楽ってなんだろうと、前に書いたけど、昨日、少しわかった気がした。
昨日のライブでは、私の好きな、ひょうたんのけだるさとか、切なさとか、そんなのは全然感じなかった。
悲しいとか、嬉しいとか、そういうことはきっと、思い出の中にあるだけだ。
音楽を聴くその瞬間、そこにあるのは、心地よいか否か、ということだけだ。

そういう意味では、昨日のひょうたんは、本当に最高だった。
私は音につつまれていた。そして、ただただ、心地よかった。
いつまでもいつまでも、この空間の中にいたかった。
あの声を、ギターを、ドラムを、ベースを、もっと感じていたかった。


けれど、また、あの憎き副流煙が、私を現実に引き戻すのだ。このままここにいたら喉が潰れちゃうよ!ってね。
その点では、あの煙まみれのライブハウス...ありなのかもしれない。
(ト)


'59年のチベット民族蜂起を記念して開催されるピースマーチ。50周年を迎える今年の開催に関する詳細が決まったようです。以下、コピペにて失礼します。

#####(ここから)#####

チベット民族蜂起50周年ピースマーチ PEACE MARCH for TIBET 2009

日時 : 2009年3月14日(土)14時集合

場所 : 渋谷・宮下公園(渋谷区神宮前6-20-10)

予定コース : (3月上旬に確定します)
宮下公園?宮益坂?青山通り?表参道?外苑前?神宮前?明治通り?宮下公園

時間 : (予定につき変更される可能性があります)
14:00?14:30 主催者挨拶と諸注意、ダライ・ラマ14世の声明(予定)など
14:30?15:45 ピースマーチ
15:45?16:00 主催者挨拶、チベット国歌斉唱など

■事前の参加申し込みは不要です。当日、集合場所へお越しください。お1人でのご参加、友人とお誘い合わせでのご参加、いずれも大歓迎です。

■ 「チベット」をアピールする服装や盛装でのご参加大歓迎です。歩きやすい服装と靴でお越しください。

■プラカードやチベット国旗は主催者側で準備しております。

主催 : TSNJ - Tibet Support Network Japan

連絡先 : tsnj2001@gmail.com

#####(ここまで)#####

関連サイトはこちら

我が家も家族連れ・ベビーカー持参で参加する予定。
チベットという国が置かれている状況を少しでも憂いておられる方々は、是非ご参加下さい。

デモなんて参加したことないからちょっと不安で...、という方は、事前にご一報頂ければご一緒しますよ?。
子連れでの参加も全然ノー・プロブレムですよ?。

(青)

映画『風の馬』

映画『風の馬』

このアップリンクって映画館、去年は『靖国 YASUKUNI』を上映して話題になったよね。俺も観に行ったよ。あれも良い映画だった。

今回はこの『風の馬』と、『雪の下の炎』の映画版、チベットもの豪華二本立て。波乱を呼びそうな映画ばかりを率先して上映するアップリンクさんに感謝。某国大使館からの圧力とかは大丈夫なのかしらん?

チベット・サポーターは是非とも足を運ぶべし。

(青)

行ったね、村上春樹、エルサレムに(関連記事)。
何かこう、言うこと言ったぞ、って感じで、何とかエルサレムくんだりまでノコノコ足を運んだことを正当化しようとしている印象があるなぁ。スピーチの内容にしたって、結局話を普遍的なところに持ってっちゃってて、むしろ小説家らしくないと言うか何と言うか。だってさ、ある箇所では

その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます。

...って言ってるくせに、別のところで

私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。

...だもん。結局あんた、みんなの味方ってことかい?!

日本のメディアの方も、辞退すべきという声の遙かに上を行く思考をもってこの賞を受賞、なんて言ってるのまであるけど、俺に言わせりゃ無難な落とし所に落としたとしか感じられない。
結局賞が欲しかったんでしょ、ってね。

ただ、彼のスピーチの中で気になったのが、その壁と卵の喩え。

最近、『雪の下の炎』を読んでるんだけど(関連サイト)、その中でも壁と卵の喩えが出てくるんだよ。でもそれを話しているのは、虐げられているチベット人ではなくて虐げる側の中国人将校なんだけどね。要は、人民解放軍に刃向うチベット人を岩壁にぶつかる卵に喩えていた、と(同書p.102)。

『雪の下の炎』の感想は後日改めて記すことにするとして、ここで気になるのは、果たして村上春樹はこの本を読んだんだろうか、ってこと。或いは、壁と卵の喩えって、聖書みたいな古い文献に元があるのかしらん?誰か知ってたら教えてちょうだい。

個人的には、例え非力でも自分を卵に喩えたくはないと思ってる。
ルーツ・レゲエ好きなら、喩えるのはやっぱりこれでしょ↓。



(青)

日経BPのコラム『ネットは「中国式民主主義」を生むか?』で、すげぇ記事を発見。

北京ゲリラ取材 社会制度のモデルコンテスト

「人民を騙すべきではない」―― 中国型共産主義がめざすべき道

中国の民主はいつ実現するのか

全く違うタイトルだけど、マルクス主義の大理論家であるという中国共産党の長老格、謝韜(しゃとう)氏への連続インタビュー。

印象に残ったとこをコピペしてみる。まずは2つめの記事の1ページめ。
(以下、遠藤とあるのは、このコラムの筆者、遠藤 誉氏を指す。)

遠藤:共産主義が空想的なユートピアにすぎないと……?(中国共産党員がこんなことを口にしていいのかと、私の方が内心ヒヤリとした)

謝韜:ええ、そうですよ。たとえば人民が飢餓に苦しみ、迫害や搾取によって痛めつけられている時に、「ほら、あそこに向かって進もう。あそこまで行けば、共産主義天国の幸福な生活が君を待っているよ」と言って励ませば、苦しんでいる人々は励まされて、そこに向かって進もうとするでしょう。これは空想社会主義者たちが人民をとりあえず騙すための芝居に過ぎないんですよ。こんなまやかしは、サッサと終わらせなければならない時が来ている。

遠藤:……!(中国では現在の社会主義社会を共産主義の初期段階と位置付け、いつかは共産主義の理想状態を実現できると教えている)

謝韜:なんだか驚いておられるようなので言葉を換えて言いますが、たとえばイエス・キリストが生誕千年後に復活して世界に天国を建設するとかキリスト教信者は信じているようですが、共産主義がこのような最終達成地を設定するのは、キリスト教の模倣に過ぎないのです。キリスト教の天国理論の現代版と言ってもいい。


(中略)

遠藤:共産主義の最終目標地が、キリスト教の天国理論の現代版……?

謝韜:ええそうですよ。共産主義が実現不可能な空想であることを発見したならば、それをすぐに放棄して軌道修正をすべきなのです。官僚は、自分自身が既に信じることができなくなっている理論で自己防衛し、人民を騙すべきではない。人民には正直に告げるべきなのです。


同じく2つめの記事の3ページめ。

遠藤:いえ、気が付いているというほどではないのですが、ネット言論を見ていると、たとえば“憤青(フェンチン。憤怒青年)”の中にも毛沢東支持派の“左憤”と改革革新に傾いた“右憤”やらがいて、さらにご長老にも左に偏ったネット言論をよく見かけるものですから。

謝韜:そこまで分かっているのなら、大丈夫です。つまり共産党の中にもいろいろな考えの人たちがいて、決して一枚岩ではないわけですよ。改革開放の勝ち組から取り残された、いわゆる負け組は数的には勝ち組よりも多いわけですから、その人たちが毛沢東時代の方が良かったという新左翼と結びつけば、この数は無視できなくなります。もろもろの不満を抱きこむことにもなるでしょう。

 だからボトムアップと言った時に、実は民主を叫ぶ人たちばかりとは限らない、そういう本物の第二文化大革命だって、100%あり得ないとは断言できない、ということに留意していれば、仮設2も正しいと言っていいでしょう。


(中略)

 肝要なのは、経済最優先ではなく、人間最優先となる社会を形成することです。要は何主義であれ、人類の歴史の舞台で最後に生き残るのは、「憲政に基づいた民主社会に社会主義的要素を加えた社会制度」だと私は思います。その意味では、資本主義国家も社会主義的要素を取り入れるようになるでしょうし、社会主義国家は憲政と民主を重んじるようになるでしょう。社会主義と資本主義は相対峙するものではなく、互いに良いところを取り入れて、人類全体として発展していくべき性質のものだと思います。

スゴすぎ。88歳の中国共産党幹部がこんなオープンな意見の持ち主だったとは。
「菩薩オバマ」(苦笑・理由はググッてチェック)よりも俺的には期待が持てる。

が、しかし。

残念ながらこの謝韜氏、このインタビューの僅か数日後に倒れ、その後も人事不省の状態が続いているという。謝韜氏の快復を祈りたい。

中国が好きな人も嫌いな人も、興味のある方は是非ご一読あれ。

(青)

予告通り2連ちゃんです。
もうとっくに季節はずれで恐縮なのですが、先週のバレンタインデーに家族に振舞った、和風チョコデザートです。
苺大福?
姿はお馴染みのイチゴ大福ですなあ。真ん中のでかいのはご愛敬です。
では早速。
〈材料〉8個分
切りもち 大4個(市販の砂糖の切りもちとかなら6,7個でしょうか)
水 大さじ2
砂糖 大さじ2
片栗粉 適量(でも結構大量です)
あん(こしあん・粒あんお好きな方を) 100g
チョコレート 100g
生クリーム 100cc
イチゴ 小8個

〈作り方〉
?チョコレートと生クリームを湯煎にかけます。柔らかくなったところでゴムべらでよくかきまぜ、完全にとかします。そこにあんこを入れてさらにまぜまぜ。
?イチゴはよく洗ってヘタを取っておきます。
?お餅をレンジにかけます。耐熱容器にお餅と水を入れ、チンします。自動でかまわないのですが、じぃーっと見てて、ぷーっとふくらんだら止めましょう。オノマトペ多用ですみません。
??に砂糖を入れ、しゃもじで根気よくつぶします。
?なめらかになったら、まな板の上に片栗粉を敷き、その上に置きます。
?熱いのでやけどに気をつけつつ、適量を手のひらにとり、真ん中を厚めに、端を薄めに広げます。
苺大福?
?そこに?と?をまた適量のせます。
苺大福?
?はじから包みます。水が入って柔らかいので破けないように慎重に。少しお餅が冷めるまで待ってもいいのですが、今度はくっつきにくくなるので気をつけてください。
苺大福?
んでできあがりです。

お餅にお砂糖を入れるのは、甘味つける意味もありますが、お餅が固くなりにくいのです。でも、やっぱりできたて食べるのが美味しいですよ、柔らかくて♪イチゴ大福より、チョコin分だけ少しシアワセ気分味わえるかも!
(ト)


ampmでYOMEちゃんレシピのお弁当買えるらしいです♪素敵です♪すぐ行かなきゃ♪
で、YOMEちゃんと競う気はモチロン全くないのですが、先週アップできなかったので、今週は2連ちゃんでベジレシピ行こうと思います。

私先日OKストア(関東中心に展開する安売りスーパーマーケット)で、人生初の買い物をしました。それは「庄内麩」。山形県特産らしいです。見た目は板状の茶色い物体。これ使えばなんか楽しそうと思って、カンで使ってみましたが、なかなかどうして、ベジタリアン生活の強い味方になってくれそうです。
という訳で、庄内麩初心者の私は、手始めに炒め物から。
090217夕食
〈材料〉2人前
庄内麩 1枚
もやし 1/2袋
ブロッコリーの茎 1本分
醤油 大さじ1
酒 大さじ1
みりん 大さじ1
ごま油 大さじ1
塩 適量
こしょう 適量

〈作り方〉
?庄内麩を戻します。お湯に30秒くらい浸すと、少し柔らかくなるので、その程度でよいです。
??を細切りにします。
?もやしはひげ根をとり、ブロッコリーは細めの乱切りにします。
?お鍋に醤油・酒・みりんを入れ、?を入れて汁けがなくなるまで煮ます。
?フライパンにごま油を熱し、強火のままブロッコリー、もやしの順に炒めます。軽く火が通ったところで?も混ぜ、塩こしょうで味を調えます。
?火を止めて、蓋をして蒸らしたらできあがり(^u^)

お麩をお肉に見立ててます。でも、そのお麩にしっかり味つけてると、ボリューム感が出てきますよ。
ブロッコリーの茎、セコイ感じですか?もちろん普通のブロッコリーでもいいんですが、私、茎の味大好きなんです☆いためものにすると、あのふかふか部分はつぶれたり色が悪くなったりするので、私は茎をつかいます。硬そうならすじを最初にとりましょう。

ちなみに「庄内麩」、と、初めて変換したとき、「小ナイフ」になりました(*^_^*)うふ。昔「長野市松代(まつしろ)」(住所)と入れようとしたら「長野始末しろ」になったことを思い出しました。始末しないでええええって、全然関係ない話ですね。スンマセン。
(ト)

私は、シェムリアプという町を、3回旅したことがあります。カンボジア、シェムリアプ。言わずと知れた世界文化遺産、アンコールワット遺跡群のある町です。
最初に行ったのは97年。ほんの3日間ほどの滞在でした。バイクタクシーを雇って、友人とシェアし、遺跡のポイントを回るだけのあわただしい日々。必ずまた来ると心に誓って、かの地を後にしました。
二度目は翌98年。このときでもほんの1週間でした。同じくバイタクを雇って、1週間チケットを購入、目一杯観光し倒しました。バイタクは自由旅行者の唯一のアンコール遺跡入境手段なのです。
三度目はさらに翌年の、99?2000年。ニューミレニアムをこの地で迎えました。このときも時間があまりなく、2週間くらいでした。2週間チケットを、休み休み使いました。青空君とバイタクをノーヘル・3ケツしたっけなあ。

ところで、さっきからうっとおしく、期間が短い短いと言っていますが、見栄とかではなく、これは本気の感想です。世界文化遺産の中でも相当の広さを誇っているのではないでしょうか。回っても回ってもまだ、回りきれない遺跡もたくさんあるし、同じ遺跡も何度も行きたいのです。

その遺跡群の中でも、私が一番好きなのは、タ・プロームという遺跡です。
300px-Taprohmroots01.jpg
有名な遺跡なのでご存知の方も多いかと思いますが、遺跡の隙間から根を生やし、今も侵食し続けるこの巨大なガジュマルのおかげで、修復が難航、さらにその修復そのものを含めて、このガジュマルありきでこのまま保存しようという動きもあるそうで、事実上手つかずになっている遺跡です。実際、私も3回足を運んで、崩れて立ち入り禁止になるエリアが毎回増えている状況です。
ここに来ると、私はいつも2時間ほどはいるでしょうか。ある種官能的とも言える、このガジュマルの木を眺めたり、デッサンをとったり、友人にはがきを書いたり、お散歩したり。
ここはまるで、時間が止まっているかのようです。じりじりと照りつける太陽を避けるように、崩れかけた遺跡の中のひんやりしたところや、ガジュマルの木陰にたたずんでいると、まるで、世界はもう本当は終わってしまっていて、ここだけがずっとずうっとただあり続けているような、そんな不思議な感覚に襲われます。
世界一時間が止まった場所。私は本当に、今もそう思っています。自分の子供が小さい今はなかなかそこへは旅することはできませんが、私は一生、何度かけても行き続けたい場所だと思っています。


カンボジアの首都プノンペンでは今、ポル・ポト政権下での大虐殺に対する国際裁判が始まりました。国民の5人に1人が殺されたという、史上まれに見る大惨事に対し、30余年の歳月を経て、ようやく開廷の運びとなったようです。
私も、プノンペンにあるトゥール・スレーン博物館に足を運んだことがあります。正確には『トゥール・スレーン虐殺博物館』。そう、ここは、大虐殺が行われた囚人収容所跡地を、そのまま博物館にした場所です。それはみな、いわれなき囚人たちです。当局によって反革命分子と判断された、多くの善良な市民(その多くが知識階級)が、ここで拷問を受け、殺されていきました。
ここはナーバスな方にはお勧めできません。恐ろしい博物館です。博物館を後にして、灼熱の外気を幸運に思ったほどです。寒気と恐怖で、私はしばらく言葉も出ませんでした。

傷痕は、カンボジア人一人一人に確実に残っています。あの美しいアンコールワットが彼らにとって光であるとすれば、その影には、信じられないような残忍な大量虐殺の過去が消え残っています。
彼らにとっては、この国そのものが、世界一時間の止まった場所なのかもしれません。
私はこの裁判の詳細は知りません。この裁判が残されたこの国の人々に何かをもたらしてくれるのか、それも全く未知数です。けれど、あの明るい笑顔のクメールの人々の時間が、またゆるやかに動き出し、素晴らしい未来が開けることを、遠い空の下からただ祈るのみです。
(ト)

昨日畑に行きました。2月いっぱいで畑は中野区に返還しなければならないので、もう白菜・春菊くらいしか残っていません。ほうれん草は虫くんたちにすっかりやられてしまいました。
白菜も、冬の白菜は柔らかいと聞いていたのに、なんか青々しててえっらい硬そうです。
半信半疑で昨日は水炊きにしてみました。
なんとこの白菜!あっという間にくたくたのとろとろ白菜に大変身です。
こりゃすごい。美味しいなあ。と思っていたら、葉っぱの影に黒い粒。
なんだこりゃ。
…。

て、て、てんとうむしじゃあっ!!!(_□_;)

よく洗ったはずなのに…(T_T)ゴメン、コロ、ぐわー、そしててんとうむしよ!

注:てんとうむしは害虫です。植物を育てる際には気をつけましょう。
(ト)

青空君と、なんかの話をしてて、私が「イマイチやる気出なくて」とか言ったとき、コロが、
「おかあさん、そんならきんにく出せば?」
なんだそりゃ??

「まちがえたっ、ゆうきを出せば?」
筋肉はちからもちっていうことで、勇気もおんなじなんですって。

死ぬほど笑いました。かわいいですなあ。
(ト)

まぁこのシリーズも今回が最終回だから、もうちょい付き合ってよ。フライヤーはこちら

最終回は「I Love TIBET!」でお馴染み長田幸康さんのお話。

5.質疑応答「Tibet 2009」

参加した人に配った紙に質問を書いてもらったのを集め、その場でそれを読みつつ、また必要に応じて他のスピーカーにも話を振りつつ、といった形の質疑応答。フリートーク的な箇所も多かったので、気になった内容を以下箇条書きでまとめてみる。

◎'59年3月10日、中国共産党のチベット支配に対する抗議のため、ラサの市民が立ち上がった。間もなくその蜂起から50周年を迎える。今年はチベットにとっては重要な年になるだろう。事実、30周年にあたる'89年の3月にもやはりラサを中心にチベットの独立を求める大規模な抗議行動が行われ、そして中国政府によって制圧された。

◎昨年3月の蜂起がこれまでのものと大きく異なっているのは、ラサのような中心都市ばかりでなく、カムアムドのような地方にまでその動きが広がったという点。昨年2月の時点で既にアムド地方では大規模な衝突があったという話も聞く。勿論、北京五輪開催に向けて中国が国際的な注目を浴びているのを狙ってという側面もあるが、決して突然勃発したような事件ではなくて、長い受難の歴史の中でいつどこであのようなことが起きてもおかしくないような状況であったと考えられる。

◎昨年3月の蜂起は僧侶達の抗議行動が発端で、それが一般民衆にも広まったということのようだ。制圧後、現地の僧院を訪れた旅行者の話では、僧侶の数が極端に減っており、また各自が住まっている僧坊がシャッフルされて誰が何処に住んでいるかがわからないような状態だったとのこと。ラサへと延びた青蔵鉄道のターミナル駅である青海省のゴルムドに収容所があるので、恐らく多くの僧侶がそこに強制収容されているのではないか。

◎今年のロサル(チベット暦の正月)は2月25日で、例年同様春節(中国の旧正月、今年は1月26日)のほぼ1ヶ月後。誰が言い出しっぺという訳でもないのだが、内外いずれのチベタン・コミュニティにおいても今年のロサルは喪に服す意味で静かに過ごされることになりそう。勿論そんなのは中国政府にとっては面白いものではないので、例年通りロサルを祝うことを強制されるという本末転倒なことも起こりそう(関連記事)。
尚、ロサル後最初の満月の日にも特別な意味があるのだが、今年はそれが3月10日の前日(?翌日?)にあたる。チベット文化固有の祝祭日には毎度ながら民族意識が高まりを見せるので、今の状況と併せて考えるとその時期に何も起こらない方がおかしいくらい。

◎昨年3月のチベット高原での出来事については様々なメディアで取り上げられてきたが、「暴動」「騒乱」「蜂起」と、その呼び方に統一は取れていない。個人的には「暴動」は一連の動きを単純に悪いものと捉えている点で中国政府寄りの言い方、「騒乱」は中立的な立場からの呼称という印象があるので、チベット人の立場からの定義付けの意味で「蜂起」という言葉を採りたい。

(注.このブログの今回の一連の記事でも、意識して「蜂起」という言葉を採用させて頂いた。)

◎ダライ・ラマ14世法王の写真が生活の隅々から締め出されていたり、政府の要職に就いているような高い地位のチベット人は家に仏壇も置くこともお寺詣りすることもはばかられたりと、チベット人の暮らしは日々厳しい状況に追い込まれているが、それはつまりカタチに頼らない信仰の在り方を追求せざるを得ない訳で、考えようによっては信仰がより純粋なものになっているのではないか。
実際に見た例では、携帯電話の待ち受けではなく中のメモリーの奥の方に法王の画像を隠し持っているとか、チベットの自由を象徴するような歌のメロディを着メロに使っているとか。ちなみに着メロの方は、それが理由で所持者が逮捕されたという、そんなニッチな所にまで中国政府は文句を言うのかと呆れてしまうような例もあるそう。

◎以前チベットを旅した折、未開放地区で自分を逮捕した公安の、上司のそのまた上司くらいのハイクラスのチベット人の家に招かれたことがある。訪れてみて驚いたのが、その家の仏間の大きさ。しかも仏壇にはダライ・ラマ14世法王の写真が飾られている。更に、そのチベット人の娘は綺麗な英語を喋り、どこから取り寄せたのか『Time』や『Newsweek』などの英語の雑誌から法王の記事をスクラップしたものを宝物と称して持っている。チベット人の部下からも嫌われているような人だったので意外だったが、自分の経験だけでも似たようなチベット人に他にも2,3人会っているので、私達や中国政府が知らないだけで、実はこういう人がチベット本土にはたくさんいるのではないか。そう思うと希望も見えてくる。

(注.長田さんご自身の著書の内容に関する質問を受けてのお話。手元にその本がないので何とも言えないが、確かそのチベット人って、中国風に改名して表面上はかなり漢化された人だったと記憶してるのだが...。)

俺的に印象に残ってる話はだいたいこんなところ。
長田さん、昨年は珍しくチベットに行かなかったので今年こそと旅行の手続きを進めたところ、ブラックリストに名前が載っているという理由でチベット自治区への入域許可が降りなかったのだとか。
その事実を知らされたのがこの学習会が開催されるほんの数日前だったそうで、「今日は非常に落ち込みながら話をしています」と言われていたけど、さすがは長田さん、旅の経験がハンパじゃないので、こちらが聞いててビックリするような話が次から次へと繰り出された。

5回に渡って書き連ねてきた第3回「チベットの歴史と文化学習会」の備忘録。いったい何が俺にここまで書かせるのかと、各記事を改めて読みながら唖然とするのだが、それもこれもチベットという不思議な国の魅力のなせる技かと。
きっとこの日のスピーカーの皆さんも、主催された方々も、参加した人達も、それぞれが並々ならぬチベットへのこだわりを持って日々暮らしているのだろうな、そんな人がもっともっと増えたらいいな、という思いを胸に、今回はこれにて終了。今後このようなイベントがあったら、もう少し簡潔に内容をまとめられるよう努力したい。

(青)

※この記事の内容の文責は青空トランプの(青)にあります。当日の講演内容との食い違い等ございましたら、コメント欄を通してその旨ご一報下さい。

マニアックなネタで悪いが、しつこく行くぜ、4発目。フライヤーはこちら

4.チベットの声「SFT Japan 再開、この1年を振り返って」

SFT日本の現在の代表を務めるツェリン・ドルジェさんのお話。SFT日本は、最近では『Jigdre(ジグデル)』の上映会を日本全国でかなりの頻度で開催しているので、ご存知の方も多いのでは。

トークの冒頭、「今日はたくさんの人の前で話さなくちゃいけないのでとても緊張してて、それに私は日本語があまり上手ではないので、先に謝っておきます。ごめんなさい。」と切り出して会場を温かい笑いに包んだツェリンさん、昨年4月の聖火リレー@長野での抗議活動以来の顔馴染みという渡辺一枝さんを聞き手に、トークは進んだ。

ツェリンさんはご両親の代で亡命し、自身はインドの生まれとのこと。ダラムサラのTibetan Children's Village(以下TCV、日本語ではチベット子供村と呼ばれる、チベット難民の子供達向けの寄宿制の学校)で学んだ後、しばらくはインドで働いていたが、縁あって知り合った日本人の女性との結婚を機に来日したのだそう。

たまたまダラムサラに里帰りをした折、SFT本部主催のワークショップが開催されていて、足を運んでみたところ非常に興味深い内容だったそうで、自分も是非参加しようとの思いを胸に日本に戻って調べてみたら、日本の支部は活動休止中。やむを得ず活動休止前のメンバーを探し出して片っ端から声を掛け、自ら新代表として名乗りを揚げることで活動を再開させるに至ったらしい。

ツェリンさんの使命感を支えているのは、かつてダライ・ラマ14世法王が豪州を訪問、首相と会談したた際に語ったという以下の言葉。

「このままではチベットはあと15年で消滅する。」

ツェリンさん自身の実感としても、亡命チベット人の若者達の眼は海外(欧米)の方ばかり向いているし、一方、今も後を絶たずチベット本土からヒマラヤを越えてネパール、インドに逃れてくるいわゆるニューカマーの子供達の中には中国語しか話せない子達も多くて、と、危機感を募らせるような出来事が多かったのだとか。

また、このような気づきに至ったのには、生まれ育ったダラムサラを離れ、異郷の地・日本で働き家族を養うという経験と、その中で抱いた"自分は何者なのか"という思いの影響も大きいのだと言う。
そして、TCV在学時のとある授業の中で、担当の教師が言ったこの言葉が、今も忘れられないのだと。

「あなた達の額には、"R"が、Refugee(難民)の頭文字の"R"という文字が刻まれている。」

周囲にも同じような境遇の者が多いことで自らのアイデンティティを問う機会が逆に希薄になってしまうダラムサラの地を一旦離れることで、自らの立場を客観視することが可能となり、そしてやるべきことが見えてきた、ということのよう。

さて、以上のような経緯で昨年1月に再開したSFT日本の活動、ツェリン自身さんは小規模のイベントを細々とでも続けていければ、くらいに最初は考えていたらしい。長野での聖火リレーに合わせての抗議行動にしても、活動再開当初から計画はしていたものの、そもそもは知り合いの在日チベット人が5人くらい集まって横断幕を掲げる程度のものしか考えていなかったのだとか。

ところが、昨年3月のチベット蜂起と、その後の世界各国での聖火リレーへの抗議の模様の影響で、4月26日の長野には、数年前には考えられないくらいの数のチベット・サポーターが集まり、中国政府に対する抗議の声を揚げたのだった。

この点は一枝さんも指摘されていて、聖火リレーに合わせてたくさんのチベット支援団体が日本でもできたけど、聖火リレー、或いは北京五輪が終わってしまえば後の祭りでみんなどこかへ消えてしまうのでは、との懸念は見事に外れ、チベットを支援する動きは今も決して衰えていないと言われていた。
実際、この日の学習会も定員をオーバーするほどの応募者だったそうで、また回を追うごとに定員超過数は着実に増えてきているとのこと。

ツェリンさんはSFT日本の代表として名前を貸しているだけで実際の運営は日本人のスタッフに任せっきりだと自ら言われていたが、それに対する一枝さんのコメントの通り、彼のような若い世代のチベット人が実際に公に顔を出して声を発するということが、そしてそのような場があるということが、今の日本におけるチベット支援の動きにとってはとても重要なことなのだと思った。

SFT日本は今後も、デモやフィルム上映会だけでなく、チベットの文化を紹介するような内容のものも含めて、引き続き各地でイベントを開催していくとのこと。また、備忘録(3)でも書いたが、『Jigdre(ジグデル)』の監督、助手の二人の解放及び監視中止に向けての活動についても支援を呼び掛けていた(関連ページはこちら)。

SFT日本が活動を再開してようやく1年。ツェリンさんは最後に「この状態が100年200年続いても、私達を助けて欲しい」と言われていた。そんな不吉なこと考えたくないけど、でもSFT日本の活動は今後も蔭ながら応援したいと思う。

はい、今日はここまで。
このシリーズも次回が最後。最終回は「I Love TIBET!」でお馴染み長田幸康さんのお話。
請うご期待。

(青)

※この記事の内容の文責は青空トランプの(青)にあります。当日の講演内容との食い違い等ございましたら、コメント欄を通してその旨ご一報下さい。


先週から、このブログにカウンターをつけました。
だいたい毎日平均5人くらいの人が、ここに立ち寄ってその貴重なるヒマをつぶしてくださっているようです。
そして、その中の大変奇特で心の広い方が、拍手やコメントを寄せてくださっています。

いつもご愛顧ありがとうございます。
カウンターの進捗やコメントを見るたび、元気をいただくことができます。
いつも、マニアックなひょうたんの話やフリーチベットの話で恐縮です。
あ、そうそう、ひょうたん、高円寺でライブやるんですよ?(^u^)チャリ圏内♪いやっほう。渋谷はスルーしてこちらに参りますっ(≫▽≪)

閑話休題。
ちなみに私の友人のブログには、一日に300人前後の方が訪れるのだそうです。
…。
いいんです。うちの場合はブログそれ自体が備忘録。日々是好日。虞や虞や、汝を如何にせん。

追記:夜の間に、こんな戯言にまた拍手をいただきました↓ありがとうマイフレンド。
(ト)

今日はぐわーが幼稚園の遊具から落ちてタンコブを作っていました。しかもその泣きで寝てしまったらしく、私が抱っこして家まで連れて帰ってきました。
お、重い…。この人、もう15kgなんです。15kgを抱えて帰る5分の道のり。しかもコロを携えて、車に注意しながら。まじ腕しびれました。今も手にうまく力が入りません。

しかし、ちゃんと右見て左見て、コロも都会の幼児になりました。
そしてぐわーも体重だけは立派な幼稚園児。
いつの間にか大きくなりました。


昨日、長野の私の両親が車で上京してきました。
父は到着するなり飲み始め、夜には動けなくなり、みんな手巻き寿司だったのに、どうしても嫌だというのでわざわざ作ったスパゲティを、半分も食べずコタツでうたた寝。どんなに起こしても起きないので、明かりもストーブも消せないまま、ほったらかして寝ました。
そして今朝。父は昨日は「明日朝帰るぞ」って言っていたのに、朝から飲んでいます。コロ達もまだ幼稚園に行ってないのに。「今日も泊まってくからな」
お昼御飯は何にする?と聞けば、「俺はそば食ってくるからいらない」と言っておきながら、「酔っ払って外行けなくなったから、パン焼いてくれ」
母の目的は出張で、今日は霞が関ビルで研修。しかし父はそれが面白くないらしく、昼前頃から「おい、○〇子(←母)はまだ帰ってこないのか」
そんな父の目的は日曜大工。私のこの中野区の住居を改良するのが生き甲斐なのだそうで、うまくいきゃほめて感謝しなきゃいかんし、うまくいかないと言っては苛立ってお酒をあおって研修帰りの母に八つ当たり…。

いつの間にこんなめんどくさい親になったのでしょう。
なんだか、こっちの方がよっぽど手のかかる子供のようです。
手に負えませんなあ、親という生き物は。
私もそうなるのかい!?
…。
是非ここは反面教師としたいところです。

(ト)

第3回「チベットの歴史と文化学習会」の聴講備忘録、3発目。

(フライヤーはこちら

3.映像『Jigdre(ジグデル)?LEAVING FEAR BEHIND「恐怖を乗り越えて」』

これは昨年末のSFT日本主催の上映会で既に観ているので(過去記事はこちら)、今回はフィルム中で特に気になっていた幾つかのシーンについて取り上げてみたい。

このフィルムでインタビューを受けているチベット人はほとんどがボカシ無しで顔出ししてるんだけど、遊牧民を対象にチベットの文化を教える寺小屋のような集いを取材した箇所だけ、映像にモザイクが掛けられていた。不特定多数の人間が集う場と考えれば当然の配慮だろう。

このフィルムの撮影が行われたのはアムド地方。個人的にはウーツァンカムに比べればアムドは漢化が進行しているという印象があったので、チベットの文化を守ろうとするこのような動きには正直驚いた。裏を返せば、それだけ危機感が強いということの表れなのかもしれない。

シーンが変わって、地元の老人達が集う茶館。使い古されたテレビから流れるのは、ダライ・ラマ14世法王の映像。恐らく'89年のノーベル平和賞受賞時のものかと思われる。法王の姿が映し出されるや否や、老人達は脇目も振らず五体投地を始める。

自分がチベットを旅した時の経験としても、確かにウー・ツァンに比べるとアムドやカムは締め付けが緩く、ラサ辺りではまず見ることのない法王の写真が僧院の本堂に祀られている本尊のそばなどにさりげなく飾られていたりしたのだが、大っぴらに法王の映像を公の場で流してるのを目の当たりにすると、すげぇなぁと思ってしまう。

ラサやシガツェなどウー・ツァンの主要都市のみに限られていたこれまでの抗議活動とは違い、昨年3月のチベット蜂起はアムドやカムなどでも人々が声を揚げたという点が非常に特徴的で、実際に日本のマスメディアの報道でも夏河やアバ(いずれもアムド)、カンゼやデルゲ(いずれもカム)などの地名を目耳にした。その後の中国政府/公安/人民解放軍による制圧で、この茶館のようなささやか場所からすら法王の姿が消されてしまっているのではと思うと、やりきれない気持ちになる。

撮影終了直後の昨年3月、このフィルムの監督であるドンドゥプ・ワンチェンと助手で僧侶のゴロク・ジグメ・ギャツォは当局に拘束されている。ドンドゥプ・ワンチェンは今も拘束中であり、10月に釈放されたゴロク・ジグメ・ギャツォも未だ厳しい監視下に置かれている。
ドンドゥプ・ワンチェンの釈放、ジグメ・ギャツォの監視の中止、フィルム中でインタビューを受けた全ての人々に対する迫害の中止を求める活動については、SFT日本の関連ページをご覧頂きたい(こちら)。

過去記事でもお伝えした通り、このフィルムは英語字幕のものならウェブ上で観ることができる。また、SFT日本では日本語字幕を付けたフィルムの上映会を引き続き行うとのこと。チベットにおけるこのような状況に少しでも憂慮される方は、是非一度、このフィルムを観て欲しい。

今日はここまで。続きはまた後日。

(青)

※この記事の内容の文責は青空トランプの(青)にあります。当日の講演内容との食い違い等ございましたら、コメント欄を通してその旨ご一報下さい。

好きな人のことをとても知りたくて、ネットサーフィンして、たくさん知れば知るほど遠い存在になって、なんだか悲しくなって、疲れ果ててしまった。
だからちょっとお休みして、Youtubeでクラシックを聴いていた。チャイコフスキー、スメタナ、サティ。
いい音楽はいろいろなことを思い出させてくれたり、忘れさせてくれたりする。
そうしているうちに、ふと、昔交わした、ある会話を思い出した。

コロが4か月になったときのこと。私がアコーディオンを弾くことを知っていた友人が、私に一枚のライブのチケットをくれた。パウリーナ・レルヒェ。フィンランドのアコーディオニストである。妊娠してしばらく生演奏など聴いていなかった私は、一も二もなく飛びついた。そして、コロを青空君に託し、新宿ピットインに出掛けた。
オープニングアウトは日本の「」というグループだった。私は全く知らなかったが、演奏がすべて終わった後、「こっちの方がいいな」と思って、販売していたCDを洗いざらい買った。
パウリーナのバックメンバーに拙い英語でサインをせがんだ後、福のメンバーにもサインをもらいに行った。
「私もアコーディオン弾くんです。今ちょっと弾いてないんですが」と言うと、福のアコーディオニストのスパン子さんが「どうして弾いてないの」と聞いてくれた。「今4か月の子供がいて、何も手に付かなくて」というと、当時妊娠していた彼女は苦笑いしていた。
「いつも、子供にはいい音楽聴かせたいと思ってます」と言うと、「福のライブは全然連れてきて。子供大歓迎だから」と、やさしい言葉をかけてくれたのは、HONZIさんというバイオリニストだった。「是非次は子供連れてきます!」と言って、福の全員と握手してもらい、帰路に就いた。

HONZIさんはその1年余り後、帰らぬ人となってしまった。私は、とうとう彼女のライブにコロを連れていかずじまいだった。

今、私はYoutubeでHONZIさんの姿を見ることができる。私の大好きな歌を唄っている。
不思議な感じだ。死んじゃったなんて嘘みたいだ。
私にとって音楽って何だろう。
そんなの考えても仕方のないこと。
でも、いつも思い出は音楽の中にある。
それは水のように。
月のように。
風のように。
夢のように。

喜びも、悲しみも、消えていった面影も。
みんな、夢の中。



(ト)


前回に続き、第3回「チベットの歴史と文化学習会」の聴講備忘録である。

(フライヤーはこちら

二番手は、自らのチベット紀行を綴った数々の著作でお馴染みの渡辺一枝さん。

2.チベット報告「信仰に生きるということ」

プロジェクターで画像を映し出したりもせず、原稿やメモの類すら持たず舞台に立ち、自身がチベットへの旅で経験した様々なエピソードを、マイクを片手に正に紡ぎ出していく一枝さん。彼女が語るそれらのエピソードのひとつひとつが示唆に富んでいると感じた。

例えば、サカダワ(チベット歴の4月15日で、釈尊の誕生、成道、入滅の日にあたる)の日のラサの街角で生きた川魚を売る中国人の話。
チベット人達はその生きた魚をこぞって買い、そして生きたままラサの南に流れるキチュ川(ラサ川)に放流する。捕らわれた魚を再び自然に返すことによって功徳を積むのだと言う。
一方売る側の中国人は、チベット人達が放流したそばから投網で再び魚を捕り、そして売り物にする。
それを見た一枝さんは「コンチクショー!」と腹を立てたが、連れのチベット人にこうたしなめられたのだそうだ。

「そんなことにいちいち心を乱されてどうするんだい?
あんなことをやってまで金を稼ぐだなんて、彼が可哀想だと思わないかい?
彼のために祈ってあげようよ。」


'87年から足繁くチベットに通っているという一枝さん、チベット人達のことを知れば知るほど、知ろうとすればするほど感じるのが、彼らの信仰心の強さなのだと言う。
そしてそれは、我々外部の人間が勉強して理解するようなものではなく、生まれながら、そして親の姿を見ながら会得してきたものなのではないか、頭で分かるのではなく、足元からしっかりと培われるものなのではないか、と。

また、そんな彼らの信仰心を中国政府はないがしろにし続けてきた訳で、昨年3月のチベットでの蜂起もあの時突然起こったことなんかではなく、ある意味いつ起こっていてもおかしくないことなのだと、彼らが蜂起したのは信仰の自由が損なわれていることに対する抗議なのだとも言われていた。

上に挙げたエピソード以外のところでも、チベットで見た中国人の振る舞いに腹を立てたという話を一枝さんは度々されてて、このままアンチ中国で話が終わっちゃうのかと思うとちょっとハラハラしたりもしたけど、流石にそんなことはなくて、聖火リレー@長野での抗議活動の際に"支那人は?"と書かれた横断幕を持って参加していたという日本の僧侶のグループを批判すると共に、中国政府の政策と一般民衆は分けて考え、国の政策がゆえにチベットについての知識がない一般の中国人に対しては一緒に学び議論をしていこうというスタンスを取るべき、と提唱されていた。

また、是非皆さんに読んで欲しいと2冊の本を紹介されていたので、アマゾンへのリンクを併せ、以下に挙げておく。

クンサンハモ『小さい母さん(アマ・チユンワ)と呼ばれて―チベット、私の故郷』(集英社)

西田蔵之助『レイプ・オブ・チベット―中華的民族浄化作戦』(晋遊舎ブラック新書)

北京五輪直後の昨年8月にもラサを訪れたという一枝さん。いつになく制限が多かったというその旅で苦労の末再会することができた古くからの友人が語ったという言葉を、講演の最後にお話されていた。その言葉を引用して、今日の備忘録は終わりとする。続きはまた後日。

「3月の出来事以降のことは、私達チベット人の心も、そして中国人の心も傷付けた。
今や、私達と彼らとの間には、深く、そして修復することのできない溝が横たわっている。
いったい、こうなってしまったのは何故なんだろう?誰のせいなんだろう?」


(青)

※この記事の内容の文責は青空トランプの(青)にあります。当日の講演内容との食い違い等ございましたら、コメント欄を通してその旨ご一報下さい。

昨年3月のチベット全土での蜂起を受け、6月に始まったという学習会の第3回目。前2回は完全にノーマークでスルーしてたけど、今回は結構内容が盛りだくさんだったので参加してみた。

(フライヤーはこちら

まずはこんな講演からスタート。

1.講座「チベット仏教の潮流」

講師は、筑波大学人文社会科学研究科哲学・思想専攻准教授の吉水千鶴子先生。
7世紀初頭、チベットにどのように仏教が伝来し、国家の宗教として採用されるに至ったか、またその過程で行われた「サムエーの宗論」の結果が意味するものとは、といった内容。
質疑応答の際の内容を含め、以下にそのポイントを箇条書きでまとめてみる。

◎当時のチベット(中国の歴史書では「吐蕃」と表記)は唐と並ぶ強大な軍事国家であり、国土もまた唐と同じくらい広大だった。莫高窟で有名な敦煌(甘粛省)も、一時チベットの支配下に入った時期がある。

◎チベットは、国を安泰に治めるための一大国家プロジェクトとして仏教の導入を図った。その最初期は、文化的な先進国としてインド及び唐の双方から仏像や経典などを取り入れ、また僧侶を招聘している。

◎特に、唐から招かれた后・文成公主が唐より求めた釈迦像をラサのラモチェ(小昭寺)に祀った646年を以て、一般的にはチベットへの仏教伝来の年とされている。この釈迦像は、現在ではトゥルナン(ジョカン/大昭寺)の本尊となっている。

◎インド仏教と中国仏教(禅宗)のいずれが優位であるかを討議した「サムエーの宗論」(794年)には謎の部分が多い(実際には無かったという説もあり)。ただ、結果的にインド仏教の方に軍配が挙がったのには、教団の規模が小さくまた個人の悟りに重きを置いていた中国の禅宗に比べ、インド仏教はナーランダ僧院(ビハール州)を中心に教育の手法が体系化されており、また歴代王朝による庇護の関係も整っていたから、つまり国家の宗教としてのシステムの完成度が既に充分高かったからではないか、と考えられる。

◎ひと口にチベットと中国の関係と言っても、少なくとも中国の側に一貫して漢民族の王朝があって今に至っているのではなく、異民族を含む様々な王朝の栄枯盛衰の総体が中国の歴史である訳で、チベットと中国の関係も時代ごとに個別に捉えるべき。ただ、辛亥革命(1911年)以前の清朝の時代までは、中国もチベットと同じ仏教文化圏の一翼を担っていたと言えるのではないか。

◎インド伝来の僧院での教育体系は、現在の中国共産党支配下のチベットにおいては正しく機能していない。しかし、ラサ郊外のセラ、デプンのような大きな僧院の幾つかが南インドに再建されており、現在ではそちらに僧院内の教育システムが存続されている。チベット本土の僧侶が本土内で受けられないような高度な教育を受けるためにインドに亡命する、といったケースも多い。

だいたい気になったのはこんなところかな。
アカデミックな人が冷静に語る内容って、的確な重みがあって聞いてて非常に心地良かった。次回の学習会でも吉水先生の講座を設けるとのことで、何気に今から楽しみ?。

他のスピーカーについてはまた後日ってことで。

(青)

※この記事の内容の文責は青空トランプの(青)にあります。当日の講演内容との食い違い等ございましたら、コメント欄を通してその旨ご一報下さい。

俳句には季語というのがあって、季節の言葉を入れて、こういうリズムで作るんだよ、と教えたところ、コロは、矢継ぎ早にこんな俳句を作りました。


おひさまのひかりにあたって のんびりね

あおいそら すいすいおよぐいわしぐも

ペンギンは なんきょくにすんでるこどもだよ

わるいひと きたらちゃんとにげようね


(最後のはちょっと関係ないけど)なんかのパクリですかね!?素晴らし過ぎますね。
私の娘は俳句の天才です。古池や?
(ト)

時々ジャック・ジョンソンがベン・ハーパーの方をチラチラと見やる以外は殆ど眼を合わせることなく演奏が進む。パッと見、仲悪いんじゃないのこの二人、ってくらいなんだけど、聴かせてくれるのはこんなにも美しい歌。



歌のハーモニーもギターワークも申し分なし。
アイ・コンタクトの必要がないぐらい息が合っている、と解釈すべきか。

カッコ良過ぎ、この二人。

週末くらいは、聴く音楽もしっとりしたものにして癒されよう。

(青)

おひたし。ベジじゃないおひたしなんかあるかい!?(-"-)などと言わずに。その通りですが…^_^;
今日はおひたしがメインでした。地味ですなあ。でもサイドメニュー充実でカバーです。
090205夕食
左上から:手綱こんにゃく、サツマイモのグラッセ、かぼちゃサラダ、キャベツと油揚のおひたし
おひたしはYOMEちゃんレシピをアレンジさせていただきました。そしてまたまたお味噌汁と同時進行です。

おひたしとお味噌汁
〈材料〉4人分
キャベツ 5枚
油揚 2枚
昆布 10cm
干しシイタケ 2個
みりん 大さじ2
醤油 お好みで

味噌 お好みで

〈作り方〉
?昆布は軽く拭いて調理用ハサミで細切りにし、干しシイタケもざっと洗い、1Lの水(分量外)の中に浸しておきます。できたら半日くらい。ダメでも1時間くらい。その時間もなければ、グラグラ15分は火にかけましょう。
?キャベツを切ります。芯を削いだら、かなり大きめのざく切りに。油揚は幅1cmくらいの細切りにして、油抜きをしておきます。
?キャベツ芯部分はスライスしておいて、出番を待ちます。
??を火にかけ、沸騰したらみりんを足し、そこに?を入れる。
?ざっと火が通ったら、キャベツと油揚だけ取り出し、ざるに入れて自然に水気を切ります。
できあがり!あとはお好みでお醤油をふってお召し上がりください。お好みでショウガなどもいいかも。みりんの甘さでキャベツの風味が引き立ちます。

では残ったゆで汁でお味噌汁を。
?ゆで汁の中のシイタケを取り出し、細かく切って再投入します。
??を残ったゆで汁に投入します。
?ぐらっと来たら、火を止めてお味噌を入れます。
できあがり(^u^)キャベツはほとんど火を通さない感じで。食材が同じでも、食感の違いで美味しくいただけます。

日本人ってどの世代も、厚生労働省が定めた、一日に摂取すべき野菜の量に達してないんですって。サプリもいいけど、たまにはお野菜だけのメニューもいいですよ♪
(ト)

最近の話題は何てったってこれでしょう。

村上春樹さんにエルサレム賞

"村上春樹"+"エルサレム賞"でググッてみると、彼に受賞辞退を促すブログ記事が沢山引っ掛かる。ザッと見る限り、その多くは彼のファンの手による記事のような気がする。

でも、正直俺は彼の著作を一冊も読んだことのない世間知らずなので、思い入れなんかこれっぽっちもない。

彼が授賞式に出席するなら、俺は彼を日本の生き恥晒しと思うだろう。
そして、未来永劫に彼の著作を手にすることはないだろうな。

彼が授賞式への出席及び受賞そのものを辞退するなら、拍手喝采。
一冊くらいは試しに読んでみてやってもいいよ。

ま、俺が読もうが読むまいが、彼にとっちゃあそんなの多分どうでもいいんだろうけど。

(青)


年甲斐もなく、Asian Dub Foundationを良く聴く。残業続きの年度末、携帯に繋いだイヤーレシーバーを耳に突っ込んで、職場から最寄りの駅に向けて終電に乗り遅れないように足早に歩きながら聴くことが多い。

日本ではフジロックの常連としても有名な彼ら、在英インド系移民というマイノリティの立場から綴る歌は、当然の如く政治的な内容のものばかり。
彼らのキラーチューンに「Fortress Europe」というタイトルの曲があって、サビの歌詞はこんな感じである。

Keep Banging, Keep Banging on the Wall of Fortress Europe !

直訳すれば"叩き続けろ、要塞ヨーロッパの壁を叩き続けろ!"といったところか。

終電に乗ったら音楽を止め、貴重な読書タイム。

最近読んだ本は、その内容が凄惨なあまり読み進められなくなってしまうことが多かった。
そして、読み止めて黙考していると、決まって頭の中でこのフレーズが鳴り響く。

Keep Banging, Keep Banging on the Wall of Fortress Europe !

その本とは、これ↓。

パレスチナ新版 (岩波新書)パレスチナ新版 (岩波新書)
(2002/05)
広河 隆一

商品詳細を見る


以前にも何度か紹介したブログ「DAYSから視る日々」のメインライターであり、その元になっている雑誌「DAYS JAPAN」の編集長でもある広河隆一氏にの筆によるこの本、'60年代後半に筆者がイスラエルのキブツを訪れた時の経験をきっかけにパレスチナに深く関わるに至ったいきさつを語る序章から始まり、1?2章ではパレスチナとイスラエルを巡る問題の歴史的経緯を時系列に沿って取り上げ、そして3章ではそもそもユダヤ人とは、パレスチナ人とは何者なのかという問題の深層にまで考察を進める、という構成になっていて、漠然とした表面的知識しか持ち合わせていなかった者としては、非常に参考になった。

現時点ではなかなかうまくこの本の要点を解説できるほどこちらがその内容を咀嚼できていないというのが正直なところなのだが、ただ、もしイランや北朝鮮をならず者国家呼ばわりするなら、その呼称はイスラエルにこそ相応しいのではないか、と思う。

例えば、先般のイスラエル軍によるガザ侵攻では国連の施設へも攻撃がなされて国際社会からは非難の声が挙がったが、同様のことはペレスが首相を務めていた'96年、レバノン南部のイスラム・ゲリラ組織ヒズボラを攻撃した際にも起きている。病院や学校などに範囲を広げれば、数え切れないほどの事例を挙げることができる。

また、イスラエルの建国にあたってはヨーロッパの列強(主に英仏)の力添えが大きかったようで、だとすれば事態の解決の向けてもっと主体的に動くべきなんじゃないのエゲレスおフランス、と思ったりもする。

(メリケンはと言うと、この本の中ではパレスチナとイスラエルを巡る問題に限ってはイスラエルの主張に振り回されてばかり、といった感じで描かれており、個人的にはちょっと違和感あり。)

ちなみにヨーロッパの国々がイスラエル建国を支持したのは、ナチスに散々な目に遭ったユダヤ人には同情はするけど、自分の国で彼らを引き受けたくはないからと、中東のあの辺りを神に与えられた「約束の地」ってことにしてユダヤ人にゴッソリくれてしまおうと、話をかなり単純化してしまうとそういうことみたい。んで、そこにそれまで住んでいたパレスチナ人が、今度は散々な目に遭っていると。

ヒドいな、要塞ヨーロッパ。
イスラエルをヒドいと思うのは、そんな要塞ヨーロッパの差別構造的なメンタリティを受け継いでしまい、そこから緩衝材を丁寧に取り除いて剥き出しのままパレスチナに対峙しているからなんではないかな。

一方で、離散の民となってしまったパレスチナ人を受け入れた周辺のアラブ諸国も一筋縄ではいかなくて、様々な局面でパレスチナを外交交渉の駒として扱っていて、これはこれで知れば知るほど悲しくなる。何だよ、同胞には無私のホスピタリティを発揮するのがムスリムの本分じゃねえのかよ、と憤りたくもなる。

わずかな救いは、イスラエルのユダヤ人の中にも、イスラエルの国家構造(≒イスラエルによるパレスチナの支配構造)に対して疑問の声を上げている人が少なからずいるということ。
それは(ト)の記事でも紹介した、イスラエル国内でガザ侵攻に反対して10万人以上がデモといった動きにも如実に表れてきているのだと思う。

今朝見たNHKのニュースでは、国際社会からガザへ向けて送られた支援物資が、イスラエルによる経済封鎖のせいで被害にあっているガザの人達の手元に届いていない旨が伝えられていた。
一旦の停戦を見たことで全てが解決したと錯覚しがちだが、事態は決して好転していないのではないか、未だ経済封鎖が解かれていない現在のガザは、さしずめ兵糧攻めの様相なのではないかと想像する。

どの程度の効果があるのかは分からないけど、再三、ネット署名を呼び掛けたい。



聖都エルサレムには、嘆きの壁という史跡がある。
恐らく、ユダヤ教徒にとっては聖地中の聖地とでも言うべきものなのだろう。

だが、しかし。
果たして、誰がその壁の傍らで嘆くのに相応しいのか?
果たして、誰が、そして何故その壁を叩き続けるのか?

常に見つめていきたいと思う。

(青)  ※2009-2-5改訂


青空トランプ

Author:青空トランプ
青空トランプ:夫婦ユニット。サブメンバーに、長女コロ(中1)と長男ぐわー(小5)がいます。
そんな青空トランプを、20の質問で紹介します。

【青空☆太郎】

出身地:宇宙
職業:世界を股に挟むえせサラリーマン
趣味:最近は主に東欧の大衆音楽、例えばロマ(ジプシー)系やクレズマーの辺り
特技:誰に対してもあつかましく振舞う
好きな食べ物:カレーかラーメンか迷ってるフリをしつつ本当に好きなのは握り寿司
好きな映画:ここ最近なら間違いなく『先祖になる』だね
尊敬する人:タモリ(『ブラタモリ』復活希望)
抱きたい人:宮崎あおいちゃん(せっかく離婚したんだから俺んとこに嫁に来なさい)
神:JB、ジミヘン、コルトレーン(このチョイスに迷い無し)
永住したい場所:東北か東欧か東南アジア
1ヶ月休みがあったら:東北でボランティア&観光(まだまだ行き足りない)
3億円当たったら:1億は寄付して、残ったカネで防音設備の整ったスタジオ付きの家を建てて楽器を買いまくるね
明日死ぬとしたら:慌てて般若心経を覚える
今一番興味があるのは:クレズマーとチンドンの関係性
子供以外の宝とは:あごひげともみあげ
自分を動物に例えたら:インドサイ
相方のいいところ:他人にでも感情移入できるところ
相方の悪いところ:他人にでも感情移入しがちなところ
相方を料理に例えたら:火鍋と砂鍋が半々のやつ(仕切りは陰陽風)
世界に向けてメッセージを!:打倒風評被害!


【花札(仮)すずき】

出身地:長野県長野市
職業:主婦業を全力で。
趣味:下ネタ。
特技:落ち込むこと。
好きな食べ物:友人の旦那が作るダシ巻き卵。こないだ久々にありついた♡甘さと出汁とフワフワ具合。ケーキかよ!?安定の旨さ。嫁への愛を感じたわー。
好きな映画:『クンドゥン』『JSA』
尊敬する人:もちろんダライラマ14世。すごいオジサマですよ、この人は。
抱かれたい人:吉野寿様。せめてデートできるなら、一緒にダイアログ・イン・ザ・ダークとか行って、吊り橋効果狙いたい。
神:小林賢太郎。神と書いてけんたろうと読む。
永住したい場所:シェムリアップ、ウブドゥ、チェンマイ
1ヶ月休みがあったら:タイのビーチでぐだぐだしたい。
3億円当たったら:半分寄附、半分貯金して老後に旅しまくる。
明日死ぬとしたら:家族と美味しいもの食べて過ごします(;_:)なんか泣けてきた…
今一番興味があるのは:TED。おっさんテディベアじゃなくて、プレゼンの方のね。
子供以外の宝とは:ラーメンズDVD&文庫本コレクション。
ラーメンズ好きな女はうざい?けっ知らねー。
自分を動物に例えたら:スナフキン亜種。おさびしやま~に~♪
相方のいいところ:博識。理論的。私の支離滅裂な話をよく聞いてくれるという意味で、ガマン強いところ。
相方の悪いところ:ブログ、この半年で1個くらいしかあげてませんよ。どうしました?
相方を料理に例えたら:満漢全席。うんちく多そうだ。
世界に向けてメッセージを!:最良の母親とは、まあまあの母親である。〜児童精神科医 ドナルド・ウィニコット〜

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。